快眠業者 Ⅺ
続いて、可燃性の実験……火事のリスクを鑑みれば、愚行にもほどがあったが、とりあえずやらないことには始まらない。加奈は手近なティッシュペーパーを燃やすことにした。
(……お)
これまた燃えない。火の手があがるどころか、煤や焦げ目すらついていない。酸化反応が起こっていないということか。これは炎の形態をとっているが、その実火ではない。しいて言えば、火のように見える何かだということか。
(でも、触ったら熱いんだよな)
もう一度、指を炎にかざす。暖かい。間違いなく、火のまわりの空気は温度が上がっている。少なくとも
(……快眠さん、今なにしてるんだろう)
元気ならいいけれど。今、加奈がこうやって洋館から蝋燭を盗んでまで快眠請負人に近づこうとしているのを、彼女は快く思わないだろうか。ひょっとすると、この行為も実験も、全てなんの意味もない、ただの無駄でしかないのかもしれないのだ。それでも僅かな可能性がある限り、加奈はそれに縋るしかなかった。
その後もいくつか実験をやった。何も燃えなかったし、逆に水をかけても消えなかった。指を突っ込んだ、手を突っ込んだ、顔を突っ込んだ、いずれも著しい痛みが伴うだけで、皮膚に傷が発生するわけではなかった。
ベッドに横になる。寝る前はことさら、快眠請負人がいた日々のことを思い出す。既に彼女と過ごした時間より、彼女がいなくなってからの時間のほうが長いのかもしれない。それでも、快眠請負人が加奈にとって恩人であり、心の拠り所になっていた人間であり、今の加奈を構成している一要素であることは確かだ。
もう一度会いたいという気持ちに、嘘はなかった。
「ん………」
目覚めはやはり、今ひとつ良くない。快眠業者に頼んでいた頃の、スイッチの切り替わるような起床は望めなかった。日によって調子の変動はあるが、概ね起きられず、10分間は布団を被ってゴロゴロしている。
(そうだ、蝋燭)
テーブルの上に置いていた蝋燭を見る。
「……嘘」
思わず、口をついた。火は消えていた。どこにも、炎が灯っていたという形跡はない。蝋の芯は冷たく、まるで最初から火などついていなかったかのように、白い塊がひとり寂しく立っていた。
「どういうこと……?」
首をひねる。まったくもってわからない。時間経過だろうか? それにしてはあの部屋で、ずっと炎は燃えていたということになる。
ひとつ確かなことは、これは常識的な蝋燭ではないということだけだった。
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