苦悩

 自転車のハンドルが重い。荷台に酔いつぶれた親友を載せているからだろうか。

 静花は溜め息を漏らした。荷台の直美はどうにか腰を掴んでくれているが、時折意識を失ってはかくん、と揺れるので、気が気ではない。

「……まったく、どうして23にもなって自分の限界がわかんないのよ」

「ふにゃ……」

「もう。寝ないでよ?」

 荷台に声をかけつつ、えいっとペダルを踏み込む。緩やかな登り坂だが、今はとにかくきつい。

 同じ町で生まれ育ち、同じ小中高に通い、同じ年に就職した2人は自他共に認める仲のいい幼馴染であり、誰もが2人の友情を不変と信じて疑わなかった。勤める会社こそ同業他社だったが、こうしてよく飲み会や合コンでも顔を合わせていた。直美は酒に弱いので、それを静花が案じているといっても間違いではない。

 静花は直美の、直美は静花の家を知っていた。互いに実家暮らしで、ルームシェアとかはしているわけではないものの、もし実家を出なければいけない理由があったら、真っ先に2人で住める物件を探すことになるだろう。


「いつもごめんなさいねぇ、静花ちゃん」

「いえいえ」

 直美の母は礼儀正しく、物腰の柔らかい綺麗な人だ。自分の母とはえらい違いだ、とかなんとか思いつつ、直美を預けていく。

 娘同士の仲が良ければ、親同士も自ずと仲良くなる。同じ町内ならごく当然のことといえた。

 自転車を漕ぎ出す。何気なく吐いた息が白い。もう11月下旬だもんなぁ、と脳内にカレンダーを思い浮かべる。


(私ねぇ、25までにカレシ作りたいと思ってるんだ〜)

 酒の席でだったか、直美がそんなことを言っていたのを思い出す。直美の乗っていない自転車はペダルが軽い。さっきまであんなに苦労していたというのに、今はこの軽さが少し物足りなかった。

(3Kとは言うけどさ、めったにそんな有料物件ないじゃん?)

 直美は美人、というより、小動物系の可愛さがある系統だ。少しばかりぽやぽやしている、庇護欲をそそるタイプで。

(でもな〜……私ほら、静ちゃんに依存しちゃってるから)

 へへへ、と笑う直美の顔がフラッシュバックする。

(ね、結婚式ん時はさ、絶対静ちゃんがブーケ取ってよね)

「……直美」

 名前を呼ぶ。そのとき、気持ちが胸を刺していく。

 わからない。

 どうすればいいのか。同い年の、同性の幼馴染に対して、彼女の恋愛観に対して、どういうスタンスでいればいいのか。

「わからないよ……直美……」

 苦しい吐露が、夜の街に消えていく。

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