疑惑
密(ひそか)
疑惑
「私は……人を殺しました……」
男はそう言った。
男の目の前には、男の告白を聞いているシスターがいた。シスターの目の周りには、しわが刻まれていた。
「私は、妻を殺したんです」
小さな教会内部に、低く響く男の声。
「こんなこと誰にも言えなくて。でも、胸が苦しくて……私はここに来たんです」
男は天を仰いだ。そこには鮮やかな色のステンドグラスがあり、聖母マリアが幼いキリストを抱いた姿が描かれている。
「赤森さん、ですよね」
病院を出たところで、男は振り返った。
そこに知らない女性が息を切らせて走ってきた。
「……そうですけど?」
「これ、落としましたよ」
女性が白い腕を伸ばし、男に定期券を渡す。
男は慌てて、女性から定期券を受け取った。
「すいません」
定期券を見ると、名前が書いてあった。
アカモリケイイチ、男の名前だ。
女性は軽く頭を下げて、病院の中へ戻っていった。
圭一は、部屋の入り口の壁に「赤森真弓様」と書かれた病室に入っていった。病室は四人部屋で、一番奥のベットには白髪の老人が寝ていた。圭一は彼女をちらっと見ると、窓辺に行ってカーテンを開けた。その音で、赤森真弓が目を覚ました。
「二、三日で退院できそうだってさ」
圭一はパイプ状の椅子に腰掛けながら、そう言った。
「医者が言うには過労。疲れが溜まっただけだろうって」
「そうかい」
真弓はベットの中でうなずいた。
「まぁ、ゆっくりしてればいいよ」
「そういうわけにもいかないんだけどね」
「どうせ、やることないんだろ?」
真弓は黙っていた。そして、口を開く。
「お前は、相変わらず、そっけないね」
「……そう?」
「いい人も……いなさそうだしね」
「ま、まぁ……」
圭一は決まり悪そうに手をぶらつかせて、
「あー、もう元気そうだから、俺帰るわ」
自分の鞄を持って立ち上がった。
「明日も見に来るよ」
「すまないね」
真弓は圭一にうなずいた。
圭一は歩みを止めた。
古い病院の廊下の前方にいたのは、昨日、定期券を拾ってくれた女性だった。
女性は長い髪を後ろで一つに結び、顔も半袖から見える肌も透き通るような白さをしていた。
顔はどこか頼りなげで不安定な表情をしていた。
女性は圭一に気がついた。
女性は圭一の方へ駆け寄ってきた。
「今日も病院ですか?」
「はい」
すらりとした体、少し潤んだ瞳、艶のある黒髪。ひらひらしたスカートは、より女性らしく見えた。綺麗な人だと圭一は思った。
「あなたもですか?」
こともなげに聞いたのに、女性はちょっと戸惑っていたようだった。
「……入院しているんです」
「……あ、余計なことを聞いてしまいました。すいません」
圭一は慌てて謝った。
「いえ、私ではなく、弟が」
「そうですか」
だろうなぁと、圭一は思った。入院中の患者はスカートをはかないだろう。
「佐野といいます、佐野
女性は自己紹介をすると、真っ赤な顔をして、圭一に言った。
「ちょうど、お昼ですね。ご飯を食べに行きませんか?」
圭一は鼻唄を歌いながら、病室に入ってきた。
ベットの上にいた真弓が息子を見て、聞く。
「何かいいことでもあったのかい?」
「え、いや……別に」
息子の顔はほころびっぱなしだったが、本人はそれに気づいていないようだった。
「遅い春がやっと来たか」
母親は淡々と言った。
「変な女には引っ掛からないでおくれよ」
息子はムッとして、
「変な女って何だよ?」
「お金目当てのやつだよ」
「俺には余計なお金なんてないよ!」
「例えばね、保険金目当てのやつとかね。……彼女の口から保険の話が出たら考え直してくれよ」
息子は苦々しい顔をした。
「日南子さんはそんな人じゃない!」
「……そうかい、お付き合いしてる人はいるんだね」
「……いや、ただ一度だけ、ご飯を食べに行っただけだけど」
息子は気まずそうに両手を前でもて余している。
「……こりゃ、春はまだまだだね」
母親の見立てはあてにはならず、三ヶ月後、息子は籍を入れた。
圭一は玄関のドアをあけて、言った。
「ただいま!」
左の薬指には指輪があった。
「おかえりなさい!」
エプロン姿の日南子が現れた。
「ご飯、出来てます」
圭一は日南子を軽く抱きしめて、台所へ向かう。
台所に入ると、カレーのいい匂いがした。
そのまま、圭一は奥の部屋へ移動して鞄を置いた。上着を脱いで、壁にかけてあるハンガーにかける。ネクタイを緩め、台所に移動した。
「今日はちょっと辛くしてみたの」
日南子はそういうと、お皿にカレーを盛りつけた。
「圭一さん、辛いの好きでしょう?」
圭一はテーブルにつくと、出されたカレーを見て言った。
「美味しそう」
スプーンを持って、
「いただきます」
圭一はカレーを食べ始めた。
日南子は圭一に背を向けながら、シンクを磨いていた。
俺、めちゃくちゃ幸せだな。
圭一は思った。
仕事は普通に順調だし、家に帰れば家事の得意な可愛い奥さんがいて、綺麗に片付いた部屋と美味しい料理が待っている。
幸せを噛み締めるように、圭一はカレーを食べ進む。
台所でお皿を洗いながら、日南子は言った。
「圭一さん、お風呂沸いてます」
「じゃあ、入ってくる」
圭一は自分の部屋に戻ると、着替えを持って風呂場へ向かう。
「ごめん、
その時、日南子のスマホが鳴った。
日南子は圭一に、
「あとで持っていきます」
そのまま、スマホを持ってベランダの方へ行ってしまった。
圭一はうなずくと風呂場へ行った。
上だけ脱いで、
「……パンツがない」
パンツの替えを忘れたことに気がついて、圭一は自分の部屋に戻った。途中でベランダで話す日南子の声が聞こえてきた。
「……それで、お金はいくら必要ですか?」
日南子の声はいつもの可愛い声ではなく、緊張感のある声だった。
圭一は風呂から上がると、洗濯物をたたむ日南子に聞いた。
「日南ちゃん、困ってることある?」
日南子は少し間をおいて、
「何もないですよ」
と笑った。
圭一は布団の中で目が覚めた。
窓際のカーテンがひらひらとはためいていた。カーテンの先は、ベランダへと通じていた。
……日南ちゃんがベランダにいるのかな?
圭一は頭の上に手をやった。スマホをつかんで時間を見る。圭一の出社時間には、まだ二時間も早かった。
「……そんな」
不意に日南子の声が聞こえてきた。
「一億なんてお金、すぐに用意できない……」
圭一は聞いていたが、カーテンの向こうが騒がしくなったので目を閉じた。
圭一はナースステーションの前にいた。向こうから初老の老人が歩いてきた。老人は白衣を着ていた。
「赤森さん、お待たせしました」
老人の胸元にはネームプレートがあり、咲田と書かれていた。
「こちらへどうぞ」
圭一は何ともいえない顔をして、病院を出た。
咲田医師に日南子の弟の治療費を聞きに行ったのだ。
「一億……ですか?」
咲田はきょとんとしていた。圭一はナースステーションの奥にある小さな部屋へ通された。そこで机を境に、咲田と向かい合って座った。
「確かに、赤森さんの奥様の弟さんはこの病院に入院されてますよ。……けど、弟さんは幸いというか、たいした病気でもないですし保険に入ってますしね。そんなにはかからないはずですよ」
咲田は小部屋から顔を覗かせて、ナースステーションを見渡した。
「ああ、木村さん」
目の前を通り過ぎた看護婦を捕まえると、
「佐野
看護婦は、
「分かりました」
と言うと、そばの受話器をとって耳にあてた。
「まぁ、これくらいですよ」
咲田が提示した金額は一億とはほど遠い額だった。
……じゃあ、一億とは一体何なのか?
圭一は、よほど難しい顔をしていたらしい。横にいた男性が声をかける。
「……で、何か悩んで俺を呼び出したのね?」
ここは居酒屋だった。居酒屋の個室に圭一は友人を呼び出したのだ。
「日南ちゃん、大金が必要らしくてさ」
圭一は話を切り出した。
「でも、何で必要なのかが分からないんだ」
「そういうことは直接、本人に聞いた方が早いんじゃないの?」
「……聞けない。それで、もし、日南ちゃんに嫌われちゃったら……」
友人はビールを一口飲むと、
「でも、夫婦じゃん。それくらいで嫌わないって」
「俺さ……自信ないんだよ。何で、日南ちゃん、俺と結婚してくれたんだろう?」
「さぁ……それも本人に聞けば?」
友人は、またビールを飲んだ。
家の中で日南子はパソコンに向かっていた。台所の中央に置かれたテーブルの上のパソコンのキーボードを、手慣れた手つきで素早く打っていた。その表情は険しかった。
そして、ため息をついた。目の前には柱にかかる掛け時計があり、そろそろ、圭一が帰ってくる時間を指していた。
……時間が、時間が足りない!
日南子は焦っていた。
「そういえば、日南子さんって昼間は家にいるんだろ?」
居酒屋の個室の会議は、まだ続いていた。
「うん、いるけど……?」
「……じゃあ、時間はあるわけね」
「……え?」
「昼間、遊んでんじゃないかって話だよ。あっ、遊ぶって言ってもゲームとかじゃないぞ」
「……つまり、男がいるってこと?」
圭一が情けない顔をしたのを見て、慌てて、友人は否定した。
「いや、違うよね。うん、違うよ!」
圭一はガックリと首を垂れた。
家の中で日南子は圭一に聞いた。
「……今日はどこかに出掛けないの?」
今日は圭一の仕事の休みの日だ。
「……。特に予定はないよ。久々にどこか行こうか?」
明らかに日南子は困った顔をしていた。
「……いや……その……」
「日南ちゃんは何か用事があるの?」
圭一は日南子の反応を見た。
「……家の掃除をやってなくて」
日南子はそう切り出した。
「だから、できれば外出しててほしいかなって」
日南子は圭一から目を反らした。
どうしていいのか分からなくて、圭一は、
「……じゃあ、出かけてくるよ」
そう言うと、家を出た。
「絶対、浮気してるよ、それ!」
圭一の前で、茶髪の女性がゲラゲラ笑った。
「圭一ちゃん、バカにされてるんだよ!」
圭一は友人宅に転がり込んだ。そこにいたのは友人と茶髪の女性だった。距離感からして、どうやら、この女性は友人の新しい彼女らしかった。
「バカ! お前じゃないんだから!」
茶髪の女性の横で、友人が茶髪の頭を軽く小突くと、茶髪はゲラゲラと笑った。
「だいたい、圭一の奥さんは清楚系だぞ」
「りーくん、奥さんちゃん知ってんの?」
茶髪が声を上げて、友人に聞いた。
「ああ、こいつの結婚式呼ばれたし」
「私、呼ばれてなーい!」
りーくんは茶髪に向かって、
「お前と付き合う前の話だよ」
「……でもさ、何を考えているのかが分からないのが女だよ?」
茶髪は真面目な顔をしながら、また、ゲラゲラ笑った。
「可哀想に、圭一ちゃん騙されてるんじゃないの?」
圭一は家のドアを開けた。
その音で日南子が玄関まで駆け寄ってくる。
「おかえりなさい」
圭一は日南子の脇を通り過ぎた。日南子の目は圭一の後を追う。
「……圭一さん?」
「……。お腹すいたな。今日の夕飯は何?」
「……か、買ってくるね!」
日南子は台所に戻ると、テーブルの端に置いてあった財布をつかんで家を出ていった。
圭一は台所のゴミ箱を見て言った。ゴミ箱はギリギリまで、いろんなものが詰まっていた。
掃除するって言ってたのに、ゴミすら捨ててないじゃん……。
台所のテーブルの上に置かれたままの日南子のスマホとパソコン。圭一は、そっとスマホを手に取った。ロックはかかっていなかった。そこには見知らぬ誰かと日南子のやりとりがあった。画面に映し出された文字を赤森は読んだ。
「一億用意できた? ひなちゃんなら簡単でしょ?」
圭一は慌ただしく、ネクタイを締めた。朝はいつも戦争だ。何かに追われる、そんなことは好きじゃない。
「朝ごはん、今、用意します」
日南子も台所で慌てていた。
「いや、いらない」
圭一は、何かに追われるように家を飛び出した。
駅までの道を走りながら、圭一は思う。
俺は時間だけに追われているわけじゃない。
……何に、俺は追われてる?
圭一は家のドアの前にいた。
最近、日南子がおかしい。
圭一はぼんやりと玄関のドアに手をかけた。
最近の日南子は……以前の日南子と違う日南子だ。
ドアの鍵を開ける。
日南子は玄関に出て来なかった。
圭一は台所に行くと、テーブルの上に置いてあるパソコンの前で寝ている日南子を見つけた。
机の端の方に積み重ねてあるのはチラシなどの紙類だった。以前の日南子なら、さっさと分別していたであろうものだ。
……日南子は片付けもせず、何をしているんだ?
ふいに、チラシの山から1通の封筒がかいま見えた。その時、圭一の顔が歪んだ。封筒には生命保険会社の名前が書いてあるのが見えたのだ。
……分かった。
俺は、恐怖に追われてる。
パソコンの前で、日南子が寝言を言う。
「……あと少しで終わる」
得体の知らない者へと変わっていく妻、それが俺にとっての恐怖。
圭一は黙って、奥の部屋へ行った。
日南子は目が覚めた。目の前にはパソコンがある。
……寝ちゃったんだ……。
日南子はぼんやりとパソコンを見た。パソコン画面は黒い状態だった。
周りは暗くなっていた。電気をつけようとして椅子から立つと、暗闇の中、奥の部屋には誰かが立っていた。
「圭一さん、帰ってたんですね」
日南子は圭一に話しかける。
「ねぇ、今度の圭一さんの休みに映画でも見に行きませんか?」
向こうの部屋の中は暗くて、圭一の顔は見れなかった。
「……あぁ」
圭一からの返事はそれだけだった。
圭一が風呂から出ると、ちらっと寝室を覗いた。日南子が両手に洋服を持って、片隅にある大きな鏡の前で見比べていたところだった。日南子の表情はとても嬉しそうだった。
……浮気相手と会う時も、こんな風に洋服を選んだりするのだろうか。
圭一は手のひらを強く握りしめた。
「圭一さん、今日は人が多いですね」
電車を降りると、ホームは人で溢れ返っていた。
肩で息をつくと、日南子はひらひらしたスカートに手をやった。
圭一は思い出した。日南子は、初めて2人が出会った時の服装をしていた。あの時の日南子はとても綺麗で儚げで可愛かった。でも、ここにいる日南子は、あの時の日南子ではない……。
「こうして、圭一さんと2人で出歩くのは久し振りですね」
なら、浮気相手とは出歩いているんだろう?
圭一はイライラしていた。
圭一も日南子も、人にぶつかって前に進んだ。圭一が先に行き、後を日南子が追う。
「待って、圭一さん」
圭一は振り返らずに、どんどん先へ行く。必死に日南子が追いかける。混雑の列の流れは日南子がいた列の方が先に進み、階段を数段降りたところで圭一を追い抜いた。日南子が後ろを振り返って、圭一を見た瞬間、日南子の後ろにいた人が足を踏み外した。その人は前にいた日南子にもたれかかり、日南子は避けた。その反動で足を踏み外し、とっさに日南子は圭一に手を伸ばした。しかし、その目は驚きに満ちて手を下げると、そのまま背中から階段を落ちていった。
突然の階段での将棋倒しは、階段の下に何十もの入り組んだ人間の塊をつくった。
「人が落ちたぞ!」
誰のものか分からない悲鳴がいくつも木霊した。誰のものか分からない血液が、あっという間に床に赤い水溜りをつくっていった。
人間の塊に駆け寄る人たちとただ立ち尽くす人たち。スマホで写真を撮る人だかりが一番多く、現場はフラッシュの中で騒然としていた。
人間の塊の中から日南子の白い手は伸びて宙をつかんでいた。だが、力尽き手が墜ちていった。
不意に、圭一の家のテーブルの上の物の雪崩が起きた。チラシ類が下に落ちて、生命保険会社名の書かれた封筒が見えた。そこには「契約自動更新のお知らせ」と書かれてあった。
圭一はスーツ姿で畳の上に座り込んで、目の前に置かれた棺桶を見ていた。棺桶の中には日南子が目をつぶっていた。
圭一の肩を後ろから軽く叩く人がいた。
「大丈夫か?」
圭一は振り返らないで、答えた。
「……ああ」
「……いや、大丈夫なわけないだろう?」
りーくんと茶髪が圭一の横に来て、棺桶を覗き込んだ。二人とも黒いスーツと黒いワンピースを着ていた。
そこへ黒い着物姿の真弓がやって来た。
「日南子さんのスマホ、お前に言われて預かってたけど返した方がいいんじゃないかと思ってね」
真弓が圭一にスマホを手渡そうとする。
日南子は死んでしまったんだ。今さら、浮気の証拠なんて見たくない。
もっとも、俺に保険金をかけて殺すつもりだったのに、先に日南子本人が死ぬとは思わなかっただろう……。
「お前が受け取らないんなら、尚史君に渡しておこうかな」
真弓が帰ろうとすると、茶髪が日南子のスマホを手にとった。
真弓はこう言って、部屋を出ていった。
「日南子さん、すごく、いい子だったんだね。お前にはもったいないくらいだったよ」
圭一は出ていった母親を訝しげに見送った。
……いい子? 誰が?
浮気していた妻が?
「……奥さんちゃん、ゲーマーだったの?」
茶髪がスマホを見て言った。
「こら、勝手に人のスマホを見るんじゃない!」
りーくんが茶髪からスマホを取り上げた。
「……日南子がゲーマー?」
圭一はきょとんとしていた。その様子を見て、
「圭一ちゃんは、全然、奥さんちゃんのこと分かってなかったんだね」
茶髪が言った。
「スマホに書いてあったよ」
りーくんが茶髪にスマホを返した。茶髪がスマホをポチポチ押して、圭一に渡す。
「圭一ちゃん、ここ読んでごらん」
圭一はスマホを覗いた。いつか見た、知らない誰かと日南子のやりとりの続きらしかった。
「言った通り、ひなちゃんのキャラだと一億
……一億「
「……じゃあ、スマホで一億って話してたのは……?」
茶髪が口を開いた。
「ボイチャじゃないかな? ボイスチャット。ゲームしながら
圭一は黙って聞いていた。
……ゲーム?
日南子が熱中していたのは男じゃなくて、ゲームだったってこと?
圭一は、再び、スマホに目を落とす。
「レアアイテムだし、今週出たばかりだし、それで一億は安いでしょ!」
メッセージは続いていた。
「あとさ、旦那さんはひなちゃんがゲーマーでも多分、怒らないと思うよ。世の中にはゲーマーなんていっぱいいるし、余計なお世話だけど、思い切ってカミングアウトしてみたらどうかな?」
……日南子、ゲームが好きだったんだ。
俺、日南子の趣味すら知らなかった。
圭一は続きを読んだ。
「きっと大丈夫だよ、そんなことで旦那さんから嫌われないって。だって、ひなちゃんが選んだ人だろう?」
……日南子……日南ちゃんが選んだ人……。
圭一はスマホを畳に落とした。
りーくんが声をかける。
「……圭一?」
圭一は両手で顔を覆い、叫び声を上げた。
……俺は……俺は何てことをしてしまったのだろう。
りーくんと茶髪は驚いている。
圭一の声が響く中、圭一の目の前にある棺桶の中の日南子は、静かに目を閉じていた。
「私は、妻を殺したんです!」
教会の中で、圭一はシスターに言った。
年老いたシスターは答える。
「しかし、奥様は事故だったのでしょう?」
「妻が……日南ちゃんが手を差し伸べた時、俺は彼女を軽蔑してしまった。俺じゃない男に差し伸べた手を……その手を俺にも向けるのかと!」
圭一の脳裏に、日南子の驚いた顔が鮮明に甦った。
「だから、日南ちゃんは俺に向けた手をひっこめた」
シスターは黙って聞いていた。
「あの手を俺がつかんでいたら、日南ちゃんは死なずにすんだかもしれないのに……」
圭一の瞳から大粒の涙が溢れた。
「俺が……俺だけは彼女を信じてあげなきゃいけなかったのに……」
彼の心に宿った疑惑、それを隅々まで洗い流すかのように圭一の涙は止まらなかった。肩を震わせ、圭一は口に手を当てた。
「もしかしたら、奥様はあなたを巻き添えにしないために手を引いたのかもしれません」
シスターが圭一の肩を優しく抱いた。穏やかなシスターの声が、そっと圭一を包み込んだ。
「あなたの気持ちはどうであったとしても、奥様があなたのことを愛しておられたことは事実だったようですから……」
圭一とシスターのはるか上、教会の天井近くには、幼子キリストを抱いた聖母マリア像のステンドグラスがあった。そこに外から光が差し込んで、まるで、マリア像が微笑んだように見えた。
疑惑 密(ひそか) @hisoka_m
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