第5章 幸せ③
ゲームセンターでひとしきり遊んだあと(ぬいぐるみはちゃんと取った)、2人は地下鉄に乗っていた。地下鉄の中は人がまばらで、2人は並んで座っている。
「次はどこに行くのさ」
と坂野は反対側の窓に映る春奈にきく。
「大通りのあたりかな」
「あたりかなって……」
明確な回答は得られなかったがそれ以上聞くことはしない。なぜなら、詳しく話さないということは話したくない理由があるのだろうと坂野は理解したからだ。
そんな調子でしばらく地下鉄に乗っていると目的の場所に着いたらしい。
「次降りるよ」
という春奈の声で坂野は目を覚ました。前日に寝れなかったこともあり、うとうととしてしまっていた。坂野はデート中にぼーっとしてしまったと後悔したが、春奈に気にしている様子はない。
「ごめんちょっと寝ちゃってた」
「いいよいいよ、私もちょっと寝かけてたし」
大通り駅は地下鉄の中とうって変わり、凄まじい人の山だった。坂野、春奈の順で降りたのだが、一瞬坂野は春奈のことを見失ってしまった。きょろきょろと辺りを見回す坂野の手が急に引っ張られた。
「こっちだよ、行こ?」
「う、うん…」
坂野は手を繋いでいるという事実にドキッとしたが、引かれるがままに春奈についていった。
駅のホームから地上に出るとまだ昼過ぎの日差しがきつかった。気温はだいぶ低いが、日差しが強いと厚い上着の中は少し汗ばんであまり気持ちいい状態ではない。
坂野がここからどこに行くのだろうと思っていると、春奈はカバンから1枚のチケットを取り出した。映画が何かのチケットかと思っていると
「はい、これ私の部活のコンサートのチケット」
「ん?部活のチケット?……って日付今日じゃん!」
「そうだよ?次はこのコンサートで私が唄うのを裕太が鑑賞するの」
春奈は合唱部に所属していると聞いたことがあった。今日制服を着てきた理由は部活の発表会があるからか、と納得した。
「私の集合時間もうすぐだ。じゃあ会場で会おうねー」
「あ、ちょっ……」
坂野は呼び止めようとしたが、手に持っていたぬいぐるみを坂野に押し付け、さっさと行ってしまった。
会場は今の場所から歩いて10分もしない距離にある小さなホールだった。しかし開演まではあと1時間以上ある。彼女の集合時間は1時間前だったらしい。
「えぇ…この時間どうすりゃいいんだよ……」
と呟いたが、時間が過ぎるのを待つしかない。
時間つぶしに考え事をしながら大通りにある公園を歩いてみた。考え事とはもちろん春奈の態度のことである。告白する前よりも距離が縮まったような気さえする。
「寒……」
と呟くと、秋の札幌の気温はなお一層寒くなるような気がした。
「まさに女心と秋の空ってか……この発言の方が寒いか……」
夜通し考えてもわからなかったことだ。1時間ずっと考えてもわからなかった。
「ここが、合唱部の発表があるホールね。」
開演時間ちょっと前にチケットに書かれていた会場にやってきた。そこには、部員の保護者や兄弟らしき人ばかりで、坂野と同じような年齢の人は一人もいなかったので少し不安だった坂野だが係の人にチケットを見せると、すんなり中に入れた。中は100人入れるかどうかの小さなホールで周りの人の話を盗み聞きした限り、合唱部の1年で最も大きい発表会らしい。
数分経って、ステージの照明がぱっと明るくなった。そして横からセーラー服を身にまとった合唱部員が登壇してきた。そこには緊張した面持ちの春奈もいる。
合唱部の部長と思わしき人が大きな声で挨拶している。1年の練習の成果を……と話しているが、坂野が注目しているのはもちろん春奈で、挨拶を聞いてなどいない。じっと春奈の方を見つめていると、それまできょろきょろしていた春奈も坂野の存在に気づいたようで、少し表情が和らいだ気がした。そして部長の挨拶が終わりピアノの音が聞こえ、合唱部は歌い始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます