おやすみ
朝寝をしたところ、わずかに活力が回復してきたように思う。
午前4時に起きて、あれこれしていると、好きでやっているとはいえ、疲労がたまる。
前頭前野がもやもやしてきて、もう一度横にならずにいられなくなるのだ。
多分、これが夜遅くまで眠れない原因だろう。
昼まで寝倒して、夜に眠れるはずがないではないか。
いつの間に昼夜が逆転するようになったのか。
……今、正確には何時ごろだか、わからない。
しかし、リビングに陽は照っている。
暗い廊下に出てみれば、壁掛け時計が11時を示していた。
朝食を食べねばならないが、むしろ昼食の時間だ。
確か冷蔵庫の中身は、冷凍中の鶏のササミと、豚と牛のあいびき、食パンくらいしかない。
買い出しに行くのは、夕方がいいかな。熱中症と脱水症状に要警戒だ。
私はレンジで加熱したササミ肉に、塩コショウを振って、しょうゆをかけてフォークで刺した。
同時に、型落ちしたノートパソコンを立ち上げる。
KADOKAWAという会社が運営するカクヨムのログイン画面で、人差し指の一本打法でIDとパスワードを入力。
さて、最近のトレンドはなにかな。
ダッシュボードはいまだ使い慣れないが、近況ノートにメッセージがあり。
読むと、以前、同じ自主企画の参加者で、優秀な成績を収めた、Aさんという女性名で、最近になって他愛もないやりとりを通じて、友好をあっためてきた人からだった。
この人は、几帳面できめ細やかな挨拶をしてくれる。それでいて、小説作品は大胆なので、舌を巻く。
ネチケットも距離感も、大切なので一切きかないが、娘くらいの世代ではないかとにらんでいる。
さて、その肝心のメッセージだが。
以前、個人的に面白いと思ったカクヨム作品を、二つほどURLを張り付けて紹介したのだが、なにを思ったのだろう。
そんなに紹介したい作品があるのならば、そのような趣旨の作品をUPしたらいいとアドバイスされた。
かなしいかな。私は、なにも不特定多数のユーザーに、読書感想文を見せるつもりはなくて、他ならぬAさんだからこそ、おすすめしたかったのだった。
しかし、どうやら余計なことだったみたいだ。
しばらく返信すべきか迷ったが、うまい言葉が浮かばない。
どう考えても、こちらが一方的に気持ちを押し付けてしまった結果としか思えない。
自重するか……。
これ以上、変なかかわり方をしたら、迷惑だろう。
大人は距離感が大切。
悩んでいたら腹が空腹を訴えるので、左手に持っていたササミを口に運ぶ。
あいつがまだ、生きていたころ、脂物は体に良くないと言って、しょっちゅう買ってきてた。なんでも高たんぱくで低カロリーらしいから、あと2、3個食っちゃっても、大丈夫だろう。
まるで一枚の板切れのように、がっちりと凍った、ササミをレンジに入れ、2分加熱。
まだまだ冷たいそれを、分割して、塩などで味付けをして、再びレンジに恭しく差し入れた。
できあがったものを、洗食器に入れておいた、ツヤのない皿にあける。
フォークで食べる。突き刺したまま、かじる。
なんだか異様な食欲だ。考えてみれば、朝は飲料のほかに、お萩と梨しか食べていなかった。
この年になっても、体がたんぱく源を欲するのだ。
さて、Aさんの誤解を解くべきか。迷った末、Aさんの近況ノートを見せてもらうことにした。
自主企画に新しい作品を投稿した旨、書いてあった。
読んでみたら素晴らしい文章で、教養の深さと、筆力を感じさせられた。
これは是非参加したいと思った。しかし、語彙を増やしたいのはやまやまだったが、私はWEB上の作品では、こみいった表現はほとんど頭に入らない。
もう、年なので、ノートをとりながらでないと、前後の脈絡がわからなくなってしまう。
シナリオ教本などを読んだが、これを応用すると、文学的表現は一切できなくなる。
知識があることが、害になることは、私に限ってはよくある。
さて、どうやって語彙をつかい、文章力を発揮するか――うっかり、年寄りの冷や水、という言葉が浮かんでしまった。
これはあまりに情けないので、心の奥底に封印する。
馬鹿の考え、休むに似たり――これも封印する。
七転八倒――なんでわざわざ四字熟語で、自分を追い詰めようとするんだ。
しかし、文章といえば、メールの定型文か、漢詩の書き下し文のようなものしか書けなかった。そのころに比べれば、読み手にやさしい、わかりやすい文章になっていると思う。
よし、挑戦しようではないか。
テーマは、孤独。一人称でいいのか。主人公は妻を亡くし、娘と孫と離れて暮らしている、定年から一年目。
なんだ、私のことを書けばいいのか。
孤独といっても、広い意味での孤独なのか、主観としての孤独なのか。解釈によるのだろうか。
これをうまいこと、純文にするには、効果的な言葉を選ぶ必要がある。
私は、TV横のラックに鎮座ましましている広辞苑を見た。類語辞典もある。
やってやれないことはないだろう。
幸い、時間はたっぷりある。
どれ……。
なんだか周囲が暗いな。電気をつけよう。
私は辞典類をテーブルに並べて読み始めた。
まず、純文の定義を把握せねばならない。私小説も。
しかし暗い。視界がだんだん狭くなってきた。
これはどうしたことだ。
私の体は、ゆっくりとかしいでいく。
ああ、もう、夜だったのか。
また食事を抜いてしまった。
ふっと眠気が差し、意識が遠のく……。
気が付けば、フローリングが目の前だった。
一瞬、なにがあったのか、理解できなかった。
倒れたのか。
カーテンの隙間から、暗い闇が差し迫ってくる。
しかし、私の目には、チカチカと気高い光がさしていた。
ああ、星が見える。星が……。
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