第17話 対決!狼男

 白川さんと一緒に、蛍光灯の灯る会社の廊下を全力でひた走る。

 流石白川さんは刑事だけあって、全くスピードを落とさず走り続けている。対するウチは、既に息も絶え絶えだ。

 こ、この運動量、インドア派には辛い……。しかもウチ、缶詰から解放されたばっかなんですけどぉ……!


「!!」


 もう後は白川さんに任せてウチは休もうか……そんな事を思った矢先、前方に人影が見えた。清掃業者の制服を着た、背が高くて若い感じの男の人。

 間違いない。アイツ……ウチが絵に描いた、狼男だ!


「……オイ!」


 白川さんが声をかけると、男の人は気怠げに振り返った。そのまま清掃に使う機械を動かしながら、不機嫌さを隠さない様子で口を開く。


「……何すか? 見ての通り仕事中なんで、手短にお願いします」

「お前、人間じゃないな?」

「……っ」


 率直な指摘に、男の人の顔色が目に見えて変わる。それでも男の人は、決して表向きは取り乱したりせずに答えた。


「……いきなり変な事を言う人っすね。何なんすか? ケーサツ呼びますよ」

「生憎、俺達がその警察だ。ユーレイ課……そう言えば通じるか?」

「……!」


 けれど白川さんがそう告げた途端、男の人は身を翻して逃げ出した。それに対する白川さんの反応は素早く、すぐに駆け出すとみるみるうちに男の人との距離を詰めていく。


「往生際が……悪いんだよ!」


 逃げる背中に、白川さんが強烈なタックルをお見舞いする。決まったと、ウチは完全にそう思ったんだけど……。


「えっ!?」


 突然、男の人の姿が服だけ残して消えた。ターゲットを見失った白川さんのタックルは空振りし、そのまま床へと倒れ込む。

 その少し先で、灰色の毛を持つ一匹の狼がトン、と地面に着地した。狼はこっちを振り返ると、威嚇するように低い唸り声を上げる。


「わっ!?」


 そして倒れた白川さんを踏みつけにして、一直線にこっちに向かってきた。ちょ、ちょ、これどうすればええの!?


「ぎゃああああっ!?」


 焦りすぎて逆に動けずにいるウチに、狼が勢い良く飛びかかる。そしてそのまま、床に押し倒されてしまった。


「ひいいいいっ!?」

「この一件から手を引け! さもないと、この女を食い殺す!」


 ウチが耐え切れず悲鳴を上げていると、狼が人間の声でそう言った。この声って……さっきの男の人!?

 そっか、コイツ狼男だから……。狼人間だけじゃなく、狼そのものになる事だって出来るんだ!


「俺にこれ以上関わらないと約束しろ! そうすれば、この女は助ける!」

「し、白川さああああん! 助けてえええええ!!」


 間近に迫る狼の牙が怖くて、ウチは思わず助けを求める声を上げてしまう。だだだってしょうがないじゃん、ウチは描く人物画以外はガチの一般人なんだから!


「……やってみろよ」


 けれど、白川さんは。冷たい声で、そう言い放った。


「し、し、白川さん?」

「それをやったら、本気でお前はシャバにはいられなくなる。それで良けりゃあ、やってみな」

「……っ!」


 な、な、何でそんな事言うのさ!? それで本当に殺されたら、ウチ、どうすりゃいいの!?

 生きた心地がしないうちの目の前で、狼は何かを葛藤するような素振りを見せる。や、止めてよ? ヤケとか起こさないでよ?

 ――けれど、そのウチの願いも空しく。


「……グオオオオオオオオオオ!!」


 狼が声を上げ、大きく口を開ける。あっ、これ、ウチ死んだ……。

 そう思った瞬間。


「――ハイ、隙あり」


 すぐ近くで、そんな場違いに軽い白川さんの声がした。同時に上に乗っていた狼の体が、高速でどこかに吹っ飛んでいく。


「ギャン!?」


 高い悲鳴と派手な激突音が、同時に響いた。恐る恐るウチが辺りを見回すと、少し離れた壁の下に、狼がぐったりと横たわっているのが見える。


「……ふう。軽い狼の体になったのが災いしたねえ」

「っ、白川さん!」


 降ってきた声に顔を上げると、白川さんが何もなかったような顔でこっちを見下ろしていた。そんな白川さんに、うちは跳ね起き全力で掴みかかる。


「白川さん、酷いやないですか! ウチを見捨てようとするなんて!」

「あのね毛虫ちゃん、交渉なんてのは相手のペースに乗った方が負けるの。アイツは僕のペースに乗った。その時点で、もう僕に負けてたんだよ」

「だからって、ウチ、死ぬとこで……!」

「死ななかったからいいじゃない。それに……こうしなければ誰かを殺すなんてのは、本気で誰かを殺す度胸なんてない奴の常套句だよ」


 ――本気で殺す気があれば、予告なんてせずにさっさとやるからね。


「……白川、さん?」


 最後の言葉を言った時、白川さんはその表情を見せなかった。白川さんは片手でウチを脇に押しのけ、狼に視線を向けた。


「さて……荒っぽい事になっちゃったけど、改めて、彼に事情を聞くとしようか?」


 ウチは息を飲み、狼に近づく白川さんの後に続いた。

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