第11話 狼男は存在するのか

「……さて、そろそろ本題に入ろうか」


 車を発進させると、白川さんは急に真面目な顔になった。ウチはまだまだ白川さんには言いたい事があったけど、そんな空気でもなくなったので仕方無く黙る事にする。


「今回君には、こっちが用意した写真の人物を模写して欲しいんだ」

「写真の模写……ですか? それだけ?」


 思ってたより遥かに簡単そうな依頼に、思わずそう聞き返してしまう。そんなウチの反応に、白川さんは小さく吹き出した。


「何、直に相手に会って描けとでも言われると思った?」

「だ、だって! モノノ怪の正体を暴く絵を描いて欲しいって言うから、直接会わなきゃいけないのかと……」

「顔を知るだけなら、写真で十分じゃない? 言ったでしょ、危険な目には遭わせないって」


 ……確かに、取引を持ちかけられた時にそう言われた。何だ、じゃあ、ウチ、ホントに危ない事しなくていいんだぁ……。

 安堵のあまり、体がズリズリと下に下がる。シートベルトがなかったら、座席の下に踞っちゃってたかもしれない。


「そんなに安心した?」

「めっちゃ安心しましたよ……それぐらいなら、いくらでも引き受けます」

「そりゃ頼もしいね。……で、ここから先は絶対、友達にも漏らさないで欲しいんだけど」

「え、もしかして捜査状況とかも教えて貰えちゃったりします?」

「教えられる範囲でだけどね」


 自分の身が安全確実だって解ったら、俄然やる気が沸いてきた。それによくよく考えれば、こんな刑事ドラマみたいな体験滅多に出来ないよね!


「話を戻すよ。丸ノ内のとある会社でね、最近、あるもの・・・・が目撃されたらしいんだ」

「あるもの?」

「狼男さ」


 白川さんの口から出てきた名前のあまりの西洋っぽさに、ウチはつい面食らってしまう。ユーレイ課の人達がのっぺらぼうとかぬらりひょんとかだったから、てっきりモノノ怪って日本の妖怪の総称なのかと思ってたけど……。


「……モノノ怪って、西洋妖怪もカバーしてます?」

「何ソレ。モノノ怪に西洋も東洋もないでしょ」


 バッサリ切り捨てられてしまった。なら、そういうものだと思っておこう。


「で、その狼男なんだけどね。最初は目撃者の見間違いか、ただの悪戯だと言われてたんだ。けど目撃されたっていう現場から、本物の動物の毛が見つかってね。勿論ビルで、動物を飼ってたりはしてない」

「社員の人のペットの毛って可能性は?」

「見つかった毛は灰色なんだけどね、灰色の動物を飼っている社員はいなかったそうだよ。それでもしかしたらって言うんで、うちに仕事が回ってきた訳」


 フウ、と溜息を吐く白川さんの顔は、いかにも面倒臭そうと言った感じだ。確かに普通なら、警視庁の人間が捜査するような案件じゃないように思えるけど……。


「え……っと、それで、その狼男は具体的に何したんですか?」


 いまいち要領を得ない感を味わいながら、ウチは気になった事を聞いてみる。すると白川さんは、また一つ溜息を吐いた。


「目撃者の話では、残業して居眠りしてたところで寝込みを襲われかけたって言うんだけど。寝起きだったせいか、どうにも証言が曖昧なんだよね。端的に言えば、手掛かりはないに等しい」

「そこでウチの出番……ですか?」

「今回は察しがいいね、毛虫ちゃん」

「その毛虫ちゃんって言うのはいい加減止めて下さい」


 白川さんの口の悪さはともかく、成る程、本当に狼男がその会社に存在するのか確かめるのが今回のウチの役割らしい。確かにウチがモノノ怪の正体を暴けるって言うなら、ウチが狼男を描けばそいつが犯人って事になる。


「ま、そういう訳だから。毛虫ちゃん、頼りにしてるよ」

「……仕方無いですね。ウチに任せて下さい!」


 頼りにしてると言われてしまえば、悪い気はしない。相変わらずの毛虫呼びも、今は許してやろうと思える。

 承諾の返事を返したウチに、白川さんはニッコリと微笑んだ。その笑顔に、ああ、これは女の子にモテるななんて的外れな考えが浮かんだ。


 この時の、未熟なウチはまだ知らない。この笑顔を浮かべた時の白川さんは――。


 ――絶対に、信用してはならないという事を。

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