第52話:落とされた赤い薔薇


 ライツは剣を振るのを止めた。

 真っ赤な薔薇を見て、今から何が行われるか察した。

 真剣な顔で小さな王子が進むその先には公爵令嬢がいる。

 ここにいる者達。

 ライツも護衛の騎士や侍女、召し使い達全員がレディルのことを固唾を呑んで見守っていた。

(がんばれ! レディル!)

(王子!)

(レディル殿下!)

 レディルの恋は皆にバレバレであった。

 そして、レディルがルーシェの前に立つ。

 ルーシェは落ち着いた表情を変えず、レディルを見つめている。

 緊張しているレディルが差し出した薔薇は、震えて大きく揺れていた。

「ルーシェ! ・・・・・・ぼ・・・・・・ぼくの、こんやくしゃになってください!」

 勇気を振り絞って言っただろうレディルに、皆は「よく頑張った!」というような表情で見守り続ける。

 そして、王子に婚約を申し込まれた公爵令嬢は・・・・・・。

「レディルさま。わたくし、しょうらいはこの国の次の王様とけっこんして、王妃となるべく、べんきょうしておりますのよ」

「!」

 レディルの顔がパアッと輝いた。

 次の王様というのは自分のことだと思っていたからだ。

 しかし。

「わが国では、しょだい国王さまのように、いちばん強い魔力をもつ方が、王にふさわしいとされています。わたくし、次の王様にふさわしいのは、レディルさまではなく、そこにいるライツさまだとおもっておりますの。おんなのカンですわ!」

「!!」

(!?)

「ですから、ごめんなさいね。わたくしは、レディルさまとはこんやくできませんのよ」

 見守っていた者達が唖然とする中、ポトリ。と、真っ赤な薔薇が小さな手から落ちた。

 レディルの目に大粒の涙があふれ出す。

 そして、泣き顔を見せないように、レディルはくるりとルーシェに背を向け、逃げ出すように駆けだした。

「レディル!」

 ドシャ!

「!」

 勢いよく駆けていたレディルが途中で派手に転んだ。

 しかしすぐに立ち上がる。

 そして「うわ~~~~ん!」と泣き声を上げて走り去っていった。

 その姿を呆然と見送ったライツに、先程地面に落ちたはずの真っ赤な薔薇が差し出された。

 ルーシェだ。

「ライツさま。わたくし、あなたのこんやくしゃになりますわ」

「・・・・・・いや。すまない。おれの運命の相手は君じゃない」

「!?」

 ポトリ。

 再び真っ赤な薔薇は地に落ちた。

 ルーシェは衝撃を受けた顔を立て直し、すぐにキッとライツを睨みつけた。

「わたくし、あきらめませんわ!」

 そう言って今度はルーシェがこの場を走り去っていった。

「・・・・・・・・・・・・」

 ここに残された皆の視線がライツに向けられている。

 ライツは、ひどく居心地が悪かったこの時のことを、未だ鮮明に覚えている。



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