空に招かれて
ムネミツ
空に招かれて
私の大学時代の友人の話。
大学時代、とても奇妙な男と出会った。
屋外では常に帽子をかぶり、決して空を見上げようとしない男だった。
「いい天気だぞ、たまには空を見上げて見ろよ♪」
何も知らず能天気な私は、度々彼に空を見上げさせようとしていた。
だが、その都度彼はストローハットを目深に被りこう言った。
「いや、俺はもう空は見上げたくない」
それが彼の決まり文句だった。
私は知らなかった、それどころか彼は大学生特有の格好つけだろうとあらぬ勘違いをしていた。
「おいおい、ハードボイルドか? 専攻はチャンドラーじゃないだろ?」
からかう私に対して彼は肩をすくめてみせた、呆れを通り越して諦めていたのだろうと今は思う。
それでも私と彼の交友は続いていた、同じ講義をいくつか受けていたという事もありほぼ毎日顔を合わせる状態だったからだ。
そんな状態だったからこそ、同じ時間帯に飯を食うという事もありこの時もまた彼と学生食堂で一緒に飯を食う事となった。
「なあ、そろそろきちんと聞かせてもらって構わないか?」
私は、意を決して彼が空を見上げようとしない理由を尋ねてみた。
「……わかった、聞いても後悔するなよ?」
彼はそう言って、語り出した。
「初めは小学生の時だった、大好きだったお祖母ちゃんが死んだ日だった。
納骨の時、空を見上げたらお婆ちゃんが空から手招きしているのを見ちまった」
彼は自分の体験を語った。
「そうか、それは恐ろしい体験だったな」
私には霊感の類がないのでわからなかったが、恐ろしい体験をしたと言うのはわかった。
「その事を家族に言っても誰も信じるどころか、怒られたよ」
彼は笑って答えたが、その目は笑っていなかった。
「それはそうだろうな、不謹慎だと思われる」
私は彼に相槌を打った、話は終わりだと思ったが彼は話を続けた。
「だが、それはその時だけじゃなかったんだ!」
普段とは違う熱の入った口調だった。
「……ずっとなんだ、祖母ちゃんの納骨の日から空を見上げるといつも祖母ちゃんが笑顔で手招きしてるのが見えるんだ」
彼の言葉を聞いて、私は彼が空を見上げたくない理由に納得した。
「そうか、悪かったな」
私は正直、彼から理由を聞いたことを後悔したが遅かった。
彼の話はそれで終わりではなかったのだ、こちらとしては切り上げたかったが彼は
お前も道連れだと言わんばかりに続きを語って来た。
「祖母ちゃんが死んで、しばらくして祖父ちゃんが死んだ。 そして、空を見上げたら祖母ちゃんと一緒に祖父ちゃんも空から手招きしていた」
彼は一旦、語るのを止めて私を見た。
彼の目付きは、獲物を逃さぬ狩人の目だった。
「そうか、お祖父さんはお祖母さんに招かれたんだな」
死者が生者をあの世へ連れて行こうとする話は、怪談などで聞く話だ。
私は逃げたかったが、彼から漂う圧力から席を立つこともできず食事も進まなかった。
「ああ、俺もその時は祖母ちゃんが祖父ちゃんをあの世へ連れて行ったんだとか思っていたけれどそれで終わりじゃなかったんだ」
彼の怪奇体験語りは終わらなかった。
「祖父ちゃんが死んでから、今度は二人が空から手招きしてるのが見えるようになった空を見上げたら見える死人が増えたんだ」
私がもしかしたらこう言うオチではと思った内容を語り出した、聞くだけでこちらの正気が削れる話だった。
「おかしい話だよな? 俺だってそう思う、何で増えるんだよ! って思ったさ」
彼は自分に起こる理不尽な現象に憤っていた。
近しい人間が死ぬと、空の上で死んだ人間が手招きしている姿が見える。
近しい人間が死ぬ度に空の上から手招きする死人が増える。
「まるで、七人ミサキとかみたいだな」
私の言葉に彼は頷く。
「ああ、だが七人じゃ終わらないんだ」
彼が言うには、彼の家族以外にも死人が出ると空に浮かぶようになったらしい。
「身内だけならともかく、近所の知り合いとか俺の知ってる人間が死んだら空に浮かんで手招きするんだぜ? これが、俺が空を見上げたくない理由だよ」
彼が語り終えた、そんな話をした後でも二人とも食事が食えたのが奇跡に思えた。
そんな話をした後も、彼との交友は大学を卒業してから今日まで続いた。
今日は彼の葬儀、私は友人代表として参列していた。
彼の死因はバイクのツーリング中の事故だった。
対向車と衝突し、激しく飛ばされたと聞く。
おそらくはその時彼が最後に見た物は、空だったのだろう。
そして、彼の納骨が済んで私が空を見上げると彼が笑って手招きをしていた。
空に招かれて ムネミツ @yukinosita
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