202.-Case結城-激情
三郎にしても先ほどの結城への発言が当てはまる。
子供だから正常な判断がつかない。
幼いから分別がない。
昨日とつぜんひょっこり現れた彼からのアプローチも、何かしらボタンの掛け違いによる好意ということも有り得る。
僕らはお互いを知らなさすぎる。
結城はしばらく考え込んでいたようだが、目を見開くと地面を踏みつけた。
地に当たった雪駄の裏が擦れて頼りない音を鳴らした。
しかし軽いはずの踏みつけが、確かに心臓に響く重い音がした。
ドンと。
彼は言った。
「嫌!」
衝撃で非存在の曼珠沙華が揺らされた。
花から花弁がちぎれた。
辺り一帯から花びらが宙空にふわっと舞う。
紅がはらはらと舞い落ちる。
僕の肩にも結城の肩にも花弁が降り落ちる。
実体がないので積もることなく体をすり抜け地面をすり抜け消えていく。
「結城……わかってくれ」
結城が涙混じりの声で訴える。
「ボクはあーちゃんが欲しいの! 人生経験ってなに? 恋愛経験ってなに? そんな倫理を振りかざせば恋心を否定できると思ってるの?」
「否定じゃ……ないよ。ただ、あまり早急に無理に答えを出そうとしても、それは一時の感情の揺らぎでしかないのかもしれない。以前、僕は結城に対して軽はずみな返答をしてしまった。僕に考えが足りなかったよ。若さゆえの無分別なことだった」
49日前の最大の後悔。
それは告白への浅はかな二つ返事。
自分の胸の内をロクに精査せずにその場の状況を取り持とうとした為の失敗だった。
結城と恋人になったことよりも、それがどう大事なのか熟考しなかったことを恥じていた。
だからしっかりと考える時間がまだ欲しい。
特に一度、上っ調子で返答したのだから尚更。
こんな1日限りのデート勝負で彼らに優劣を付けてパートナーを選ぶやり方は間違っている。
結城も三郎も物ではない。
どちらが重いからどちらを選ぶなんて通用しない。
だが僕の慎重さを重視する考えは結城には気に食わないものだったらしい。
睨み返すように見つめてきてまくしたてる。
情動が破裂した。
「無分別の何がいけないの! それを直感って言うんじゃないの! 一目惚れだってそうだよ! 恋愛なんてどこまでいっても主観と衝動なんだよ! ボクは魂で感じた愛を疑いたくない! 若気の至りが間違っているって言うんなら、大人の判断が絶対に正しいの? 経験の大小で人間の価値も基準も判断されるなんておかしい! 自粛して我慢して! 自分の本心から目を遠ざけて、それが幸せなの?」
「それは……」
彼は感情的になっていた。
しかし冷静さを欠いた発言ではなかった。
恋や愛そのものが感情そのものだ。
左脳でそこに理由付けをして捻じ曲げてしまえば、さらに主観や客観による不純物が混じって不透明になる。
「あーちゃんはズルい! いつだって正しい選択ばかり探そうとする! そうやって大人の考え方ばかり模索する! 自分の主観を無視して客観的な意見ばかり欲しがる! ハッピーエンドだってバッドエンドだって、同じ一つの生き方なのに!」
「違う……違うよ、結城。僕たちの間柄はそんなに安っぽいものじゃないはずだ。一朝一夕の考えで答えを出して後悔するかもしれない危険を冒してまで一足飛びに前進させるべきものじゃないだろう」
「安っぽいですって! もう10年以上ずっと一緒に居たのに、あーちゃんはその間なにも考えてなかったの! 感じなかったの! 積み重ねなら充分すぎるほどしてきたよ! 結局本気になって自分が傷つくのが怖いから理由を理屈に求めてるだけじゃない! あーちゃんは正しいことが全てだと思ってる! 自分の感情もボクの想いもすべて道徳観で踏み潰してる! それが絶対の生き方だなんてボクは信じたくない!」
見透かされている。
関係が大切だから時間をかけたいという言葉に嘘はない。
その一方で僕はいまだに恋や愛に慣れず、その未知さに恐怖心を抱かずにいられない。
なんだかんだと理屈をこねくりまわして逃げ道も探している。
だがそれも今の関係が大事が故だ。
今までの14年間とここしばらくの1ヶ月強はまったく意味合いが違う。
僕らが恋人になるということは、友人以上家族以上から他人へ一度回帰することに他ならない。
かつての安寧の関係を破壊しかねない危険性を伴ってまで、今すぐの変化は必要だろうか。
僕と結城は進歩に対してベクトルの違う観念を持っている。
平行線だ。
答えが一致するはずがない。
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