200.-Case三郎-灯り

 自身の人生を左右する物など簡単には見つからない。

 それがどんな形をしていてどういった性質なのかさえ不明だ。

 物かもしないし人かもしれない。あるいは名前すらないかもしれない。


 見つけたと思ったら次の瞬間にはゴミクズになってしまうかもしれない。

 その逆かもしれない。

 一つではないかもしれない。

 一生涯で本当に価値ある物を見つけられるのはごく一部なのかもしれない。

 たった14年しか生きていない僕らが探し当てられるほど単純な物ではない。


 不定形で不安定。

 そんな捉えどころのないものを人は生まれて死ぬまで探し続ける。

 三郎の言うとおり、それこそ地獄の底を歩いていくようなものだ。


 しかしだからこそかけがえがなくて尊い。

 僕は、自分が三郎にとってそこまで価値のある人間だと自負できない。

 彼が本当の僕を知っていくうちに、いずれ離れていくこともあるだろう。

 審美を見極めるまで答えを延期するのは、きっと卑怯なことではないはずだ。


「そっか……うん、そうだよね。あたしもあーくんも、まだ幼い。本当のことなんてまだ闇の中だ。明かりを一つ一つ灯して足元の泥を掬っていけば、いずれ手に掴むことだってあるのかな」


「あるさ、幾らだって探せばいいよ。この街で。さーやでも鬼三郎でもなく、三郎として。それを僕らも手伝うしさ」


 僕ら、というさりげない連帯責任を言葉に混ぜた。

 三郎と僕と、結城。

 結城が木に寄りかかりながら、複雑そうな表情で頬を掻いている。

 あの洒落た彼が、今は全身の血糊を気にもせず疲れた様子で無言でいた。


 この場でのケリは確かに僕がつける。

 だが知人という枠組みなら結城を巻き込んでしまってもスジは外れない。

 散ざっぱら振り回したのだ。

 少しばかり巻き込まれても文句も言えまい。


「三郎として、か」


「僕との関係だって友人から始めればいい。三郎として、秋貴として。一歩ずつ進んでいけばいいんだ」


「そう……成れるかな」


「それは君次第だよ。でも、きっとなれる。今だってそんなにも変われたんだから」


 三郎が苦笑の声を漏らす。

 クスリと。

 空気が喉を口を通過しただけのような音。

 だが今まで聴いた中で一番彼らしい笑い声だ。


「……あーくんは変わらないな、昔から」


 僕は中腰になって手を差し伸べる。

 三郎はその手を数秒眺めた。

 やがて小さく俯くと、血塗れの手を血塗れの自分の浴衣で拭った。

 無論、血で血を洗ったところで落ちる訳もない。


 三郎の小さな手がゆっくりと、しかししっかりと握り返してきた。

 生乾きの血でベタリとしていた。

 滑りそうな指と指がお互いをつかみ合う。


 血の池地獄が乾いていく。

 急速に水気の失われた血液が固形化する。

 ヒビ割れが無数に走りバリバリ音を立てて崩れていった。

 粉々になった血の欠片は空気よりも比重を軽くし、宙空へと舞い上がる。

 紅い煙が夜空へと上がっていった。


 血生臭さの漂う夜に、闇夜に浮かんだ三郎の無邪気な笑顔を花火の光が照らした。

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