198.-Case三郎-血溜まり
「あぁ、息してるよ。でも何かが目にこびりついて開けられないんだ」
布を顔に押し当てられた。
おそらくハンカチだろう。
生乾きだった。
ハンカチごしに手の感触を感じる。
顔を拭かれているらしかった。
「どう? 目、開けられそう?」
今度は瞼に水分が飛び込んでくることもなく、薄闇の中で視界が開けた。
目がややヒリヒリ染みる。
擦った時に水分がいくらか眼球に付いてしまったようだ。
視覚を取り戻してギョッとした。
僕の正面に結城が立っている。
体の半身が血まみれだったのだ。
右肩から袈裟斬りにべっとり紅い液体で染まっている。
鬼の破裂から、それが彼自身の出血ではなく返り血だと思い直した。
「ありがとう、結城は怪我ない?」
「うん、ボクは無傷だよ。あーちゃんの方が心配なくらい」
「僕も……大したことはないよ」
「服もどうにかしなくちゃね」
自分の体に目を落として再び一瞬だけ動揺する。
僕もまた血まみれだったのだ。
それも被弾が半分ほどだった結城に比べて、ほぼ全身が濡れていた。
座っている場所には数センチの血溜まり。尻はどっぷり浸かってしまっている。
地面に落ち転がされた時、雨のように液体が降り注いできたからある程度は予想していた。
これだけ血に浸かってしまったのでは浴衣もシミ抜きしきれないだろう。
そして被害は服だけではない。
鬼のいた場所を中心に、半径5メートルに渡って血の破裂が広がっていた。
地面が、木が、草木が。
鮮血のシャワーを浴びてぐっしょり濡れている。
飛び散ったのは血だけではない。
肉や臓腑や骨。あらゆる鬼の内容物。
挽き肉になった肉欠片があちこちに散乱している。
スプラッタ映画もびっくりの凄惨現場で、あまりの量に底気味の悪さより笑いさえこみあげてきそうだ。
ここが街中などでなく人気のない森の中で助かった。
掃除しなくともいずれ土に吸われて消えてなくなる。
そして爆心地の中心に三郎がへたれ込んでいる。
僕らと同様に血だらけだ。
さっきまでの凶暴性もどこへやら、力なく頭(こうべ)を垂れて血の湖にベタ座りしていた。
一言も発さず、ただただ無言で俯いている。
既に鬼の気配はない。
角もない、元のさーやの姿だった。
「あーちゃん……」
結城が僕の背中を軽く押す。
自分でケリをつけてこい。そういう意味だ。
三郎が戦意を喪失している。
それは僕らの勝手な思い込みに過ぎない。
姿形が元に戻り大人しいからと、再び暴れださない保証はどこにもない。
彼がもうこちらを傷つけることがないと盲信している。
ただ、それだけで良かった。
何もかもの可能性を恐れていては、何一つとして一歩は踏み出せない。
僕らが三郎を分からないように、彼だって僕らを分からない。
理解できないことはこの世の何よりの恐怖だ。
「さーや……」
「あーあ……酷い格好……」
三郎が口を開き、呟くように言った。
虚ろで空虚で切実だった。
掠れた声に悲しみが混じっている。
「…………」
「髪も服も血でベタベタ……こんな格好悪いところ……あーくんに見られたくなかったなぁ……好きな人の前では、いつでも素敵な自分でいたかったよ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます