134.あっかんべー

「みてみてー、舌べろの色。工業廃水みたいー」


 かき氷を食していた三郎が、得意げにあっかんべーをする。

 血色の良い舌の表面は、メロン風味のシロップの合成着色料が付着し真緑色に変色していた。

 まるで溜め池の藻だった。


「本当だ、凄い色だね。僕もだよ、ほら」


 同じようにあっかんべーを返してやる。

 自分では無理をしても舌先までしか見えない。

 だが僕の舌もまた、いちご風味シロップによって染まっているだろう。

 赤に赤では目立たないけれど。


「あはは、あーくんの舌、真っ赤っかー。辛い物でも食べて皮膚がめくれたみたいだね」


「はは……皮膚……」


 人懐っこい笑顔に似合わないエグみのある表現。

 赤い物の例えなら他に幾らもある。トマトでもポストでも。

 わざわざ痛みを想起させる言い方をした、訳ではないのだろうな。

 彼本人は正直な感想を言っただけに違いない。


「結城はどう?」


 隣り反対を歩いている結城に声をかける。

 あまり三郎にばかりかまけていては、暴発してしまうかもしれない。

 レストランやゲームセンターで既に学習済みだ。


「美味しいよ。舌は、聞くまでもないでしょ。ボクのは変わる訳ないじゃん」


 変わらないと言いつつ、彼も小さくあっかんべーする。

 唇から少しだけ覗いた桜色の舌べろ。

 見せる為ではなく、悪戯っぽい別の意味のあっかんべー。


 彼が注文したのは練乳。

 白銀の雪山の上に、富士の雪化粧よろしく頂上から山腹にかけて粘性の高い白い液体がかかっている。

 本来は螺旋状にとぐろを巻くようにして練乳はかけられる。練乳は単価が若干高いからだ。

 サービス精神旺盛な露店主によって、彼のかき氷は頭から三分の一ほどが練乳で隠れていた。

 費用対効果を考えれば練乳の方がお得だったかもしれない。


 練乳は着色料てんこ盛りのシロップと違い、当然色が舌に移るなんてこともない。

 僕も分かっていて聞いた。

 社交辞令だ。


 結城も三郎も嬉しそうだ。

 頭に血の気がのぼりやすいので、冷却されて冷静になっているのかもしれない。

 なるべく冷たい物を摂らせた方が、喧嘩の暴発を防げる、などは都合の良すぎる考えだ。


「そいつ、口元汚れてない? ベタベタになる前に拭いてやったら? もしあーちゃんと当たったら二次被害になるよ」


 結城が三郎を指差し、ハンカチを手渡してくる。

 青白いリネンレースのハンカチ。

 ボロボロ零すような荒い食べ方なので、唇の周りにかき氷やシロップの水滴が付着している。

 乾燥したら多糖類が糖鎖連結したまま残り、粘度を高めるのは火を見るより明らかだ。


 人の口を拭いてあげるのは、なんだか気恥ずかしい。人通りも多い。

 僕は受け取ったハンカチをそのまま三郎に差し出す。


「口周りにかき氷付いてるよ。ほら、ハンカチ。結城からだよ」


「うん、ありがと。あーくん」


 三郎はお礼を言ったものの、自分の浴衣の袖口で荒っぽく拭き取ってしまった。

 子供じみた所作。

 他人のことなので、本人がそれで良いなら良いのだろう。

 後から袖口がベタベタになってしまったとしても。

 それでひっつかれたら被害を被るのはこちらだとしても……。


 三郎はかき氷でも容赦なくムシャムシャ食べた。

 僕の2倍の速度で小さな八甲田山が切り崩されている。

 しかし寒冷刺激によるアイスクリーム頭痛を起こしていない。あるいは起こしていないように見える。

 彼はキーンとしないのだ。頭がキーンと。


「かき氷、冷たくて美味しいね。さーやのはメロン味で、あーくんのはイチゴ味。ねぇ、一口交換しない?」


 かき氷を掬ってスプーンをこちらに突き付けてくる三郎。

 またレストランの時と同じことをしたいのか。


 ここは人の往来だ。

 それが出来るほど僕の面の皮は厚くない。

 ふいに知人とバッタリ出くわす可能性だってある。

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