121.弁解
腕相撲マシンを営業停止に追い込んだ咎(とが)により、僕たち3人は店のバックヤードに連行された。
そこで店長と従業員1名相手に、いかにしてプロレスラーが病院送りになったかの経緯(いきさつ)を説明させられた。主に僕が。
三郎は暴れたりもせず大人しくしていたが、どこか不貞腐れた様子で叱責を聞き流し、相槌もいい加減だった。
自分はゲームをプレイした。勝った。だから褒められるべきだ。そう考えているのだろう。
プロレスラーの腕を?(も)いでしまったことに、悪気がなければ罪悪感もない。
ルールに則って結果的に壊れただけ。こちらに非はない、弁明する筋はない、という論理。
確かに腕相撲マシンがアームごとねじ切れるなんて、にわかに信じ難い。マシン側が勝手に故障してしまったと言われた方がまだ信用できる。
店長も苦い顔をして聞いていた。
だが事実をありのまま説明するしかなかった。
三郎が腕相撲マシンの加力に耐え続けて、アーム側が許容を超えて自壊してしまったと。
何故なら現場には僕たち以外にも客が何人かいたからだ。嘘を付いたところですぐにバレてしまう。
ただ、三郎が壊しかねないと予想していたことだけは黙っていた。
説明が複雑になる。ホラと思われて信用を損なうかもしれない。あらぬ嫌疑までかけられてしまう。
だから僕は誠意をもって、一部を伏せてありのままを伝えた。
当事者の1人である結城は始終、我関せずと沈黙を続けた。
彼はあくまで勧めただけ。故意犯であるのが明確だとしても、唆したことを立証できない。
結果だけなら腕相撲マシンの破壊に荷担していない、と証言されれば逃げられるだけだ。
弁解が終わり僕たちが退店したのは、およそ1時間後。
既に夕方になっていた。屋外は夕日のオレンジ色に包まれている。
はぁ、と気疲れの溜息を吐く。
疲れた。精神的な損耗が激しい。
親に無断で夜遊びをした時ですら、これほど長く説明と謝罪をしなかった。
若干、三郎が主犯としてやらかした破壊行為を、なぜ僕が必死になって謝罪せねばならないのだ、とやるせない気持ちにもなった。
薄々分かってて傍観したのはやはり事実で、罪悪感もある。
だがそれならそれで、3人揃って誠意を尽くすべきであり、貧乏くじを引かされた気は、やはりする。
「ごめんねぇ、あーくん」
隣を歩いていた三郎が袖を掴み申し訳なさそうにした。
それが出来るなら、最初から店長相手に遺憾の意を示してほしい。
おそらく、今なお彼が悪く感じているのは僕に迷惑をかけたことに対してで、お店へ損害を与えたことではないのだろう。
店長の前だから萎縮して何も言えなかった、とは全く違う。
「いいって……アーケード機を壊した割には少ない賠償だし。まさか腕相撲マシンが壊れるなんて、誰も思わないよ……」
後から自宅に、今回の損害賠償の請求書が送られてくる。
まだ正式な見積りは出ていないが、だいたい3~4万円程度だという。
これは腕相撲マシンの修理費ではない。副次的な賠償費用だ。
あの筐体は元々、全国の稼働機が客の腕を既に何本も折っていた。ほとんどが客側の過誤によるものだが、メーカーへクレームが相次いだ。
再来月には全台が製造工場へリコールされる。
だから店側も、マシンの本体や部品は弁償しなくて良いと言ってくれた。
問題は破壊時に飛び散った部品や油が付けた床への傷や汚れ、ショートした際のダメージでイカれた電源系の部品交換である。
マシンの修理費は赦免するけど、それ以外の店への損害は弁償してねって話。
「ごめんねごめんね……」
しつこく縋りついてくる三郎に、僕は穏やかな作り笑いを向けて安心させようとする。
優しく腕を振りほどく。
あまり袖を掴まれると、甚平が伸びるか破れるかもしれない。
「気にしなくていいって、事故だよ事故。運が悪かっただけさ」
本来は、請求は三郎に送ってほしい。
だがそうなると彼から住居を聞き出し、保護者に連絡がいって、となる。
それをするに当たって彼が渋り、一悶着起きるくらいなら、こっちがまるっと請け負ってしまえばそれですみやかに収まる。
余計な面倒を増やしたくない。数万円の金で解決できれば安い。
結城が三郎の反対から僕の肩に手を這わせる。
「もういいじゃない、過ぎたことは。そろそろ神社の方に向かおうよ。もう露店も出ているだろうし」
元はと言えば結城が仕掛けたんじゃないか……。
弁解の時も加勢してくれなかったのに、調子がいい。
そう思いつつも、疲れが溜まっていて彼を責める気にならない。
今更どうこう言っても始まらない。
「……そうだね、気を取り直してお祭りを楽しもうか。ちょっとどこかで休んでから」
とその時、三郎から獣の唸り声のような音が聞こえた。
下腹部あたりから。
腹の虫らしい。
「さーや、お腹空いたよぉ。先に何か食べたい」
「そっか、じゃあ、先に夕食をすませていこう。その方が、露店で無駄に食べなくてもすむだろうし」
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