118.企み

 三郎が体をモゾリと蠢かせて体勢を整える。おさまりが悪いらしい。

 筐体の対象年齢は中学生以上。

 小柄な彼には台座も少々高めだった。


 派手な音楽が流れる。

 いつだったか、テレビ放映されたプロレス番組で流れたメジャー曲に似ていた。


 レスラーの物とは別種の男性の録音音声が開始を告げる。

 『レディー……ゴー!』


 ウィィィィィ……!

 モーターが唸りを上げ、レスラーの腕が力を加え始めた。

 三郎の腕が押し込まれる。

 

 知人間では難易度5~6程度でしか挑戦しない。

 その辺りが一般的な中学生が勝てる限界。ガタイに恵まれてても7といったところ。

 最大難易度だとこんなにモーター音が大きいのか。


「ん……」


 一瞬、加圧によって三郎の体が肘ごと横転しかける。

 すぐに足裏を地面に着け直し、踏ん張りを効かせる。


 両者の腕が30度ほど傾いたところで膠着する。お互いの力が拮抗している証拠だ。

 この腕相撲マシンは、時間の経過で徐々に加力されていく。

 ずっと均等なままでは客回転率を減らしてしまうからだ。


 難易度最弱なら小学生でも勝てるように設計されている。

 難易度最大なら最初のインパクトでも、町の力自慢がなんとか堪えられるくらいだろう。そこから少しずつ押し戻されていく。

 なのでバランスを崩したのに、最初の一撃を耐えて持ち直しただけでも大したものだ。


 三郎の体が浮いたのは、腕力ではなく単に体が軽かったせいだ。

 根本的に体重が足りないはずだから、重心コントロールではなく、グリップバーに握力を込めて肩からの力で強引に止めたのだ。

 アームレスリングにおいて体重差は優位性に大きく関わる。


「んん……む……」


 彼は苦い顔をしていた。

 体勢の不安定さから全身を利用できず、殆ど腕力だけで対抗している。加えられていく圧力に耐えるのに、人並み以上の負担を要求されているはずだ。

 耐えようとすればするほど負荷がかかる。

 どんな腕力家でも1分保てば良い方だ。


 ……あっ、そうか。

 と気付く。


 少し離れて三郎の様子を見守っている結城を見やる。

 彼は唇を歪めて厭らしく笑っていた。

 先ほどまでの甘さが成りを潜めている。

 ドス黒い微笑みだった。


 結城は三郎を破壊するつもりだ。


 まず、この腕相撲マシンはの難易度最大は、現実的にクリア不能である。

 何故なら、ビニルの肌と金属の張りぼでの人型の下は、鋼鉄製のマニュピレーターアームだからだ。

 肩・肘・手首の駆動系がモーターと油圧で動かされている。

 そして最大の難易度では、最終的に人力ではとても押し返せない圧力がアームに掛かる。噂では2トン~3トンだとか。


 仮に、同等の圧力を加えれば勝てるかと言えば、そうでもない。

 人間の肘は鋼鉄ではなくカルシウム製だ。

 例えば本物のプロレスラーや相撲取りが全力を掛けてパワーが匹敵したとしても、自分で加えた力によって自らの肩を脱臼あるいは骨折する。

 人体がその力に耐えられるように出来ていない。


 あるいは、骨だけでなく筋肉が肉ばなれをしたり、最悪剥離骨折の可能性さえある。


 レベルデザインを間違えたのか、開発側の意地か。

 全ての腕相撲マシンの難易度がクリア不能になっている訳ではないが、この筐体含めた一部はそんな意地悪設定になっていた。

 知り合いにも無理をして怪我をした無鉄砲がいる。

 一歩間違えれば事故になりかねない種のゲームなのだ。


 もちろん、三郎がさっさと負けを認めて力を抜けば無傷で済む。

 マシンアームはゆっくり押していく。間違ってもプレイヤーの手の甲を派手に叩きつけたりしないので、外傷を起こさない。

 危険はあるが、あくまでそれはプレイヤーの節度次第だ。


 だが無駄に張り切らせる為に、結城はああして誇張したのだろう。僕が愛用していると。

 三郎を傷害させなくても、彼が諦めれば負い目に感じるかもしれないという目論見もあるかもしれない。


 しかしなんて陰湿な作戦だ。

 腕相撲マシンを勧めたのも、過剰に甘やかしたのもこの筋書きに乗せる為なのだ。


 ゲームセンターに入ろうと言い出したのは三郎だ。結城自ら罠に誘ったのではない。

 おそらく入店後から計画したか、あるいは写真シール機を探し回った時に突発的に考えついたのか。


 いずれにせよ、思いついたとして実行するか、普通。

 結城の容赦のなさにゾッとする。

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