99.リデンプション
画面は一枚ガラスだった。1筐体2人までプレイ可能で共有なのだろう。
それ自体は特に変わり映えのしない形状である。
しかしよく見ると、画面の内側に透明な板が何重かになっている。
大版の一枚ガラスの奥に、大きさの違う透過ディスプレイが不整列に重なっていた。
透明度は非常に高く、場所によっては重なる枚数が違っていてもほぼ全透過だ。
ディスプレイが重なっているせいか、真っ黒な背景の中で、小さな火花のような光や線光が時折駆け抜け乱反射を繰り返している。
そしてディスプレイ周りに、縦一辺に2枚ずつ、横一辺に4枚ずつ、計12枚の鏡板が取り付けられていた。
何に使うものなのだろう……。
稼働しているのは確かだが、デモムービーさえ映っていない。
全体的に薄気味悪い。
とても商売する為の筐体とは思えない。
「なに、これ?」
「わりと新しく入ったガンシューティングだって」
「どんなの?」
「さぁ……」
「さぁって、結城が勧めたんじゃないか」
「友達の間で話題になってたのを聞いただけ。何でも、変な気分になるんだってさ」
「変な気分? ゲーム酔いするってこと?」
「みたいだけど……3D酔いする人もいれば、変な気分になるけど嫌な感じはしないって人もいるとか」
3D酔いは三半規管の乱れによって、認知バランスを崩壊させるのが原因とされている。
乗り物酔いとほぼ似た症状だ。
もちろんゲームセンターのゲームでも起こり得るだろう。特に情報量が多く、画面遷移の激しいものなら尚更。
体感ゲームなどは特に引き起こしやすいという。
だが、ゲームセンターに通うほどゲームに知見があれば、それが3D酔いかどうかなんてすぐ分かりそうなものだ。
症状としては分かりやすく、決して遅行性ではない。その場で起こればすぐに判断が付く。
その日の体調や、店内の閉鎖感や喧騒や臭いなど別の要因になりそうなものもあるが、結城の言から複数人がその「3D酔いとは違う変な気分」を自覚したのなら、不審な話である。
そして結城は、そんな得体の知れない代物を勧めてきたのか……。
「得点に応じて景品も貰えるんだってさ。良いの出たらちょうだい」
「プライズゲームなのか」
確かによく見たら、筐体の側面に一段突き出た場所があり、クレーンゲームの景品取り出し口のようになっている。
なるほど。これはリデンプションを回避する策なのだろう。
リデンプションは直訳で買い戻し。
メダルゲームなどで落としたメダル数に対応したチケットが貰える。そのチケットを受付に持っていくと景品と交換してもらえる、という仕組みだ。
外国のゲームセンターではありふれている。
ただしこれは国内の風営上、景品の二次受け渡しに該当してしまう。
早い話がパチンコの景品所である。あれだって本来は限りなく黒に近いグレーであり、景品所の特殊景品を換金所に持っていったらもはや真っ黒なのだ。
ゲームセンターでクレーンゲームなどが摘発対象にならないのは、ゲームを通して直接景品を狙う方式だからである。
この怪しげな筐体もクレーンゲームとほぼ同質だ。操作がクレーンではなくシューティングゲームになったというだけで。
ゲーム・チケット・景品受け渡しではなく、途中のチケットの段階を省くことで無理やり合法化している。
「あーくん、なぁにこれ?」
三郎がガンコントローラーを手に取り、上下左右に角度を変え、不思議そうに眺めている。
その奇妙な形状のそれを。
ガンシューティングを知っていたとしても、用途に考え至るか怪しい。
「それがコントローラーだよ……多分。ゲームの銃みたいなものさ。画面上に表示される敵に向けて引き金を引くんだ」
「えいっえいっ……何も起きないよ?」
三郎が不慣れな手つきで、銃口を画面に向けて引き金を引く。
カチカチと空撃ちの音がする。真っ黒な画面に何も変化は訪れない。
「まだ始めてないから……」
もう1つのガンコントローラーをホルスターから引き抜きつつ、結城の方に視線を向ける。
彼は背後の、少し離れた手すりにもたれかかっていた。
結城はやらないの?
と目で合図を送る。
ボクはいいよ、ここで見てる。
そんなニュアンスが返ってきた。
三郎が既にガンコントローラーを手にしていたから遠慮したのか。
あるいは、変な噂とやらを警戒して僕たちに毒見をさせるつもりなのか。
……こうも考えられる。
結城の友人たちの談は、怪談だと。
何らかの体調不良は事実かもしれない。それを少々大げさな言い方をしたのではないか。
もしかすると本人たちに自覚がないかもしれない。頭の中にあった記憶に尾ひれ足ひれが付き、ありもしない超常現象の過去を捏造してしまったとか。
思春期な多感な時期に、オカルトへの興味から嘯いてしまった者もいるかもしれない。
そういったものに惹かれる時期なのだ。
少年少女はいつも退屈している。
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