96.検索失敗

「どうせあーちゃんの気をひきたい為の、ただの演技じゃない?」


 いや、待てよ。

 以前にも似たようなことはなかっただろうか。

 確か、結城もこのアーケードに苦手意識を持っていたはずだ。

 その時も理由は、はぐらかされて今ひとつ判然としないままだった。郷愁の念を押し付けられている、なんて話だったような。


「あのさ、結城も、今もこのアーケード苦手?」


「へ? なんで?」


「前にそんなこと言ってなかったっけ? ほら、夏休み前頃に」


 結城がそんな発言をしたのは、夏期休暇を目前に控えた時期だったはず。

 断片的な思い出の中に、まだ登下校をしていた事と、思考の少なくない部分を長期休暇への期待に占められていた事が残っている。

 彼は人差し指を下唇と顎の間に当てて考え、答える。

 記憶を想起しようとしていたのは5秒程度だった。


「そんなこと言ったっけ?」


 とぼけている風ではない。

 本当に覚えていないらしい。

 真っ直ぐ見据えてくる瞳に戸惑いの色が浮かんでいる。


「言った……と思うんだけど」


「うぅん……言ったっけかなぁ?」


 しかし仕方ないのかもしれない。

 僕だって記憶は曖昧だ。

 会話の中の何気ない一節くらいの、ほんのちょっとした言葉のやり取り。

 当時の空気も深刻なものではなかった気がするし、取り立てて重要な内容ではなかったはずだ。

 記憶は古く処理水準の浅いものほど思い出しにくい。


「その時も、ここのアーケードを歩いていた……気がする」


「休日? 平日?」


「平日……かな。下校の時だったと思うけど」


「下校ねぇ……」


 検索失敗説というのをどこかで聞いた気がする。

 仮に事実、結城がそのようなことを言っていたとしても、その記憶そのものの質が低ければ思い出す為の手がかりを引っ掛けにくい。

 記憶の想起は、音や形など、何かしらのトリガーの誘発によって関連付けられた記憶が浮上する。

 手がかりが少なければ少ないほど、トリガーは引き難く弾丸は発射されにくいという訳だ。

 実際に現存するが、思い出せそうで思い出せないというのはこれが原因だ。

 トリガー不発の原因に嫌な記憶の抑圧もあるが、少なくとも嫌悪を含んでいなかったはずだ。


 僕も結城も似たような状態であるということは、やはりそれほど重い事実ではないのだろう。

 となれば、三郎の感じた「なんか……やだ」も差して大事ではない。


 そもそも、この平和なアーケードにどんな危険があるというのだ。


「ま、いいじゃない。思い出せないってことは、大したことじゃないよ。きっと」


「そうだね」


 彼の言う通り、三郎の奇行はただの演技である可能性もある。

 ブティックの時もだが、どうも彼は相手を困らせることで気をひこうとする癖がある。

 無下にするべきではないが、かと言って深く受け止めるべきでもないのだろう。




 しばらく歩いていると、ふいに三郎が道の途中で立ち止まっていた。

 こちらから横姿が確認できる。

 何かの店をじっと眺めているようだ。


「どうしたの?」


 追いついて彼に語りかけ、見ている先にある建物に視線を移す。

 サイケデリックで派手な電飾が目に飛び込んできた。


「あ、あーくん。さーや、ここ入ってみたい」


「ここ?」


 CGJゲームズ仮心店。

 アーケード内にあるゲーム店舗の1つ。

 たまに足を運ぶので馴染みは深い。

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