95.躊躇い

 県道「にうろ」を歩き、ほどなくして愛通する商店街『ココロゲキアーケード』の内部へ踏み入った。

 僕たちと同じ考えの人が多いようだ。アーケードへ近づくほどに、浴衣姿を含めた、同じ方向へ向かう歩行者が増えていった。

 おそらく多くが、祭りが本始まりする夕方まで、ここに滞在して時間を潰そうと企んでいるのだ。


 ちらほらと増えていく浴衣と、高所に釣られた火の入っていない提灯。喧伝する看板やノボリやオブジェやビラ。

 祭りの始まりが近づくことを示す象徴の欠片たちに、意図せず心の昂ぶりを感じずにはいられない。

 祭事であると同時にこれはイベントなのだ。


 休憩、ショッピング、食事、娯楽、健康施設。

 およそどれもが揃っているし、どれでも時間を潰せる。

 ちょうど良い条件の神社からそう遠くない憩いの場。

 元々そこそこの人気(ひとけ)はあったが、今日はとりわけ雑踏が濃密に感じられる。


 と、アーケードを10歩程度進んで、三郎が歩を止めた。

 それまでの明るいはしゃぎが消え、じっと地面や天井を眺め入っている。不機嫌とも不安ともつかない様子だった。


「どうしたの?」


「……この商店街に入るの?」


 口を真一文字に結び、僕から視線を反らせて疑問に疑問を重ねてきた。

 アーケードに何か不服があるのだろうか。


「……入るよ。何か気になる?」


 三郎が腕を組み、うぅんと唸る。

 アーチ看板のほぼ真下、人通りのど真ん中で立ち止まるので非常に通行の邪魔だった。

 アーケードに入る人たちが横に避けて通り過ぎていく。

 人目を引くので、こんなところで立ち往生したくない。


「なんか……やだ」


 ダダをこねている風ではない。

 理解していても、自分では上手く言葉にできない理由があるような戸惑い方だ。

 彼を躊躇させる物とはいったい何だろう。

 お腹でも痛いとか、苦手な人物がいるとか?


「また不思議ちゃんごっこ? 来たくないなら、別に無理に来なくて良いよ。ボクたちはここで時間を潰すからね」


 結城が迷惑そうに三郎を突き放した。

 煽っているのでもなく、本当に来ないならそれで良いとしている。


 結城の言動にムッときたらしく、三郎が早足で追いついてきた。大股でズカズカと。

 さらにそのまま追い越していった。

 足を止めたのは体の痛みを伴う理由ではないらしい。


「ふん……行かないとは行ってない。そうやってさーやとあーくんを引き離そうったって無駄だよ」


「あら、そう。残念」


 おほほと結城がわざとらしい笑い声を漏らす。嫌味たっぷりに。

 口元を団扇で隠しているが、とても上品とは言い難い。

 人情ドラマでヒロインが嫁いだ先の、性格が悪いお姑を思わせる。それか海外児童文学の意地悪で高飛車な令嬢を。


「結城、それは良くないよ」


「それって、どれ?」


「今の意地悪だよ」


「意地悪なんかしてない」


「してた」


「来たくないって言ってるのに、無理をさせる方が酷じゃない。ボクはあの子の気持ちを汲んであげただけなのになぁ」


 そんなことを言いだしたら、この胃が痛くなるようなデートに連れ出された僕の方が酷だ。

 既に何かある度、背筋がヒヤッとして胃がキリキリ痛む条件付けが起きているくらいなのに。

 僕の気持ちも汲んでほしい。


「三郎がアーケードに入りたくない理由って何だったんだろう……」


 結城に言葉を投げかけながら、前方をノシノシ進んでいく三郎を追いかける。

 勢いのわりに、大股で無駄な動作が多いから、見失うほど速くはない。

 十数メートルの彼我距離距離はあるが、歩いていれば縮まっていくだろう。


「さぁね、しぃらない」


「気にならないの?」


「ならない」


 鬼も泣いて逃げ出す鬼三郎と呼称された彼の怖がるもの。

 およそ目に見える驚異ではないのではないか。

 幽霊とか、虫への嫌悪感とか、親との不和とか……。

 いずれも怖がりそうじゃない。

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