73.高原境総合医療センター
高原境総合医療センター。
正式名称は「仮心市・形成(かたなり)市病院企業団立高原境総合医療センター」である。
職員数700人、標榜科診療科数42科、許可病床数500(内、感染症病床18床)。
仮心市と隣接する形成市の病院企業団によって運営・管理されている。
高原境とは、元々統一されていた両市の昔の呼び方だそうだ。特に病院の建っている高所は、鎌倉時代頃、好立地の要所として何度も戦で奪い合いになったとか。
そんな場所に建設されているのだから、夜の院内に落ち武者の霊でも出没しそうだ。
建設されたのはおよそ50年ほど前。
過去に大規模な感染病の流行があり、多数の死者が続出した。
原因は風土によるところらしく、懸念される第二第三の感染病流行を防ぐために、それまであった病院をほぼ全改装し、災害拠点として創設された。
幸か不幸か、いまだ大規模な感染病の流行は起こっていないものの、ウイルス抗体の研究などに意欲的である。
と、病院のパンフレットにはまことしなやかに説明されているのだ。
市内を巡回する無料シャトルバスに乗って坂を上る。
バス内の乗車率は7割程度。高齢者が多いが、若者もそこそこ乗っている。
世間のご多分に漏れず、特に大病もないのに医療制度を使い、わざわざ世間話をしにくる高齢者は幾らかいる。
ただ、高原境総合医療センターそのものの医療技術を求めて他所から来る患者も比較的多い。
先進的なウイルス抗体医療技術を頼っている、そんな人々が。
病院のある坂は徒歩で上れないこともないが、健脚でも登りきる頃には汗だくになっているだろう。
だからこその無料シャトルバス。
……もっとも、実際に本来の懸念事項である感染症がパンデミックを起こしたら、シャトルバスで送迎するのは非効率な気もする。
こんな丘の上では患者が徒歩来院して、道半ばで野垂れ死んでしまうのではないか。
この丘が建設場所に選ばれた理由は、公的には元々あった医療設備を利用する為だとされている。
その一方で、ウイルスが蔓延した時になるべく高所で医療従事者たちが空気感染を避ける為だとか。
ゾンビパンデミックが起こった時に防衛拠点とする為、などとトンデモな噂さえ飛んでいる。
バスが病院に到着する。
降りて玄関を通過し、総合受付へ歩いていく。
数人の待ち列を経て自分の番となる。
「今日はどちらの科を受診ですか?」
受付の女性が柔らかい口調で訪ねてきた。
「えっと……精神科……ですかね」
いざ人前に来ると、精神科という単語が口に出しづらい。
私は精神に問題を抱えています、とほぼ同義だからだ。
……確定はしていないけれど。
偏った意見に思えるが、実際僕は馴染みがない。
「再診の方ですか?」
「いえ、初診です。昔、別の病気の診察で来たことはありますが……」
「承知しました。保険証をお持ちでしょうか?」
財布から保険証を取り出して渡す。
受付の女性がパソコンでタイプする。
やがて保険証と共に、下敷きの半分くらいありそうな番号カードを渡してきた。
「精神科は東棟の1階の5番です」
何度か来訪したので、病院内の構造をまずまず把握している。
天井に案内図も吊るされている。特に迷うこともなく、指定されたフロアへ到着した。
精神科の待合の混み具合は、他の科とさほど変わらない。
椅子に座っている人たちも、ごく普通に見えた。
妙な偏見を持っていたせいか、やや警戒していた自分に気付く。
窓口で、総合受付で渡された番号カードを渡す。
受付をしていた男性は、ほんの少しだけ困った顔をこちらに向けてきた。
「……申し訳ありません。精神科は予約制となっておりまして、本日は予約の方で埋まってしまっております」
「え……そうなんですか? どれくらい埋まっているんですか?」
「早くても1ヶ月ほど先になります」
……大人気だな、精神科。
それだけ世の中に悩みを抱えた人が多いということなのかもしれない。
僕が知らないだけで、わりとよくある話なのかな。
ただ、それならそれで総合受付で教えてくれても良さそうなのに……。
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