63.主食と副菜と相性
テレビの中で、よく見るバラエティの司会者が何か面白いことを言った。
事件だったか人間関係だったか、日常にありそうな非日常の話題を面白おかしく。
5秒笑って10秒で忘れるような、その時だけ笑わせる為だけのような愉快で痛快な話。
「あはははははは」
ながら見で夕飯を食べる僕は、頭の中空っぽで、ご機嫌な夕餉を楽しんでいた。
入浴で体がスッキリ、美味しいご飯で胃も幸せだ。
そして何も考えず楽しむバラエティは最高である。
笑いは思考の整頓だ。
嫌なことを何でも忘れられる。
大人が飲酒で癒しを得るのも、きっと同じなのだろう。
「あーちゃん、お行儀悪いよ。ご飯粒飛ばさないで」
「あ、ごめん」
テーブルに飛んでいたご飯粒をテッシュで拭き取る。
「肘もね。食事であまり堅苦しいこと言いたい訳じゃないけどさ」
「夏休みだからかな。つい気が緩んじゃうんだよ」
いつの間にかテーブルの縁についていた肘を下ろす。
夏休み中、自堕落に過ごす時間もそれなりにあった。
長期の自由時間はどうにも、生活リズムや生活態度を破壊するようだ。
別に元々お上品な振る舞いをしていた訳でもないけれど。
「気持ちはわかるよ。でも肘はダメ。テーブルの上の物、ふいにぶつかって倒しちゃうんだから」
「結城も覚えが?」
彼はすまし顔で、なめこの味噌汁を静かに啜る。
「だんまりー」
……倒したことがあるんだろうな。
僕は今晩のメインでもある、オクラの胡麻和えを箸で摘んで口に入れる。
胡麻ダレでコッテリ甘塩っぱく、初めてだが癖を感じない。
夏場でもたれた胃に優しく、一口大なので食べやすくてパクパク箸が進んでしまう。
「美味しい?」
「うん、たまには野菜中心も良いもんだね。暑いから、こういう軽い料理だと嬉しいよ。ただ惜しむらくは……」
「惜しむらくは?」
「ご飯にはあまり合わないってところかな」
どうしても野菜の惣菜は主食の米と合わない。
張り切って作っていたのか、テーブルの上には多めに作られたオクラの胡麻和えが主菜の皿を占領している。
他はなめこの味噌汁と漬物がある。
「だって、下処理が慣れなくて時間かかっちゃったんだもの。あーちゃんがどれくらい沢山食べたいかもわからなかったし。作っちゃった物は仕方ないんだから、今日のうちの晩御飯はこれ!」
不満げな結城の眉に、一筋の後悔も見て取れた。
作ったことがないと言っても、だいたいどんな味かは想像できるだろう。
食材を買った後で、あるいは調理し終えた後で、もう一品主菜になりそうな物を作っておくべきだったとする見通しの甘さ。
おそらくは彼の読んだ料理本のページにも、明らかに副菜とわかる完成写真は貼ってあったのだろうし。
これは見かけでも、ひじきとかマリネとかきんぴらゴボウとか、単品で食する類に近しい。
「オクラでご飯を食べられないこともないけどさ」
「もぅ、文句言わない。お漬物だってお味噌汁だってあるんだから、どうにかこうにか消化してちょうだい」
「ごめん……」
オクラのネバネバも、納豆の代わりにならないこともない。
かもしれない。
……やっぱり、ならないかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます