58.手当て
屋内は外と比べて、1度ほど明確に温度の低さを感じる。
冷房をかけてもサウナのようだった日中とは酷い落差だ。
結城が僕を式台に寝かせる。
木材の床がひんやり気持ち良い。
表面に塗られたワックスの臭いが、まだほんの僅かに残っている。それに観葉植物の緑の青臭さ。
うっかり目を閉じると眠ってしまいそうなくらい落ち着く。
「あ、そんなとこで寝ちゃ駄目だよ」
買った荷物を廊下に置いた結城が戻ってくる。
僕の手を引き、肩を組み、再び立ち上がらせようとした。
「ここで良いよ、復調したら自分の足で行くから」
僕はそう提案したが、彼はピシャリとはねのける。
「ダメ! もし玄関なんかで眠ったりしたら、体温調節できなくて夏風邪ひいちゃうでしょ。寝るならせめてリビングにして。起きてないあーちゃんを運ぶのだって大変なんだから」
一度横になったせいで体が休眠モードに入ろうとしたのか、先ほどよりも立ち上がるのが億劫だった。
なんとか膝に力を入れて、結城の補助を受けつつ立ち上がりリビングで向かう。
「ソファーで良い?」
「あぁ……うん」
彼の問いに頷いて答える。
「よいしょ……っと」
ソファーの前で結城が膝を曲げ、僕の腕を解きながら、体幹で重心を上手くコントロールしながら屈む。
僕の尻は皮張りのソファーへ上手く着地した。
「ふぅ……重かったぁ。もう横になって良いよ」
彼の言葉尻が終わる前に、ソファーへ体重を預けていた。
手すりを枕代わりに、腰がクッションに沈む。
確かに式台で横たわるよりずっと快適だ。
僕から離れた結城が、テーブルの上に投げ出されていたリモコンを取り、冷房のスイッチを入れる。
部屋上部に接地されたエアコンが運転準備を始めた。
結城はリビングからキッチンへ続くドアを開けて出ていく。
見えないところでガチャリ、バタンと開閉音がした。
冷蔵庫を開けたらしい。
すぐに戻ってきた彼の手に、ストローが差されたペットボトルのスポーツドリンク、ハンドタオル、それに夏場は冷凍庫で冬眠している氷枕がある。
ドラッグストアで1つ1000円で売られている氷嚢。
内側にジェル状の保冷剤が入っており、冷凍して使用する。
本日既にカチンコチンの模様。
「はい、飲み物。自分で飲める?」
「ありがとう、ストロー付けてくれたから大丈夫」
寝た姿勢のままだと辛いが、脇に抱えるようにしてストローの口を自分の唇に誘導する。
吸うと、よく冷やされたスポーツドリンクの甘味としょっぱさが、ストローを遡って口内に溢れた。
喉を通らせようとして咽る。
「げほっげほっ……」
「喉痛めてるかもしれないからゆっくりね。はい、氷枕」
ハンドタオルで巻いた氷枕を僕の頭に乗せた。
タオルは自宅でよく目にする、ピンクの花柄で、象とか猿とかパンダの図柄が入った子供向けのそれ。
幼少時に行った動物園のお土産。
端から見るとマヌケかもしれない。
「他のはなかったの? タオル」
「すぐ取れた位置にあったのがそれなの。別に誰が見る訳でもなし、恥ずかしくもないでしょ。それに動物さんたちが賑やかで愉快じゃない」
「まぁ……そうかな」
「ボク、廊下の買い物取ってくる。あーちゃんもしばらくして起きられるようになったら着替えしないとね。他に欲しいもの何かある?」
「いや、ないよ」
先ほど起動したエアコンも、涼しい冷気を吐き出し始めた。
今朝とは違い、今度はしっかり部屋の気温を下げている。
1つだけ思いつく。
立ち去りかけた結城の背中に声をかけて呼び止める。
「ごめん、やっぱり1つだけ」
「なに?」
「テレビ点けていってくれない?」
「この甘えんぼさんめ」
結城が苦笑して、やはりテーブルの上に置きっぱなしのリモコンをテレビに向けて赤外線を撃ち放つ。
チャンネルは民放。
よく見る夕方のニュース番組が、速報を流していた。
某スポーツ選手と熱愛が噂される女性キャスターが原稿を読み上げている。
『……先日から続く各地での同時多発的な殺傷害事件。いまだ事件性の繋がりは見られず、県警は関係各者への事情聴取を進めると共に、何らかの反社会組織との関連を捜索する為、近く対策本部を設置する方針を示しました。心理専門家の見解では、ある種の集団パニックだと提説されていますが、こちらも明確な裏付けは取れないなど……』
深く、息を吐く。
疲労がドッと襲いかかってくる。
視界がグルンと回った。
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