42.故障

 リビングに行くと、そこには既に昼食の用意が整えてあった。


 スッとする酢の匂い。

 テーブルに並べられた冷やし中華。


 中央にガラス大皿が置かれ、ハムやきゅうりと言った具材や薬味が、円形に見栄え良く配置されていた。

 隣の下に水受けの盆が敷かれたザルに、氷が幾つかと、湯で済みの黄色い中華麺が山と盛られている。

 そして向かい合う僕と結城の席に、醤油酢の入った受け皿のドンブリと箸。


「もう、あーちゃんが遅いからぬるくなっちゃうよ」


 結城が自分の席に座り、僕も着席する。


「物置に行かせたりするからだろ。氷が溶けてないから悪くなってないさ。いただきます」


 両手を合わせて箸を取る。


「そりゃ、気を付けてるから食当たりはしないだろうけど……気温が高いと、どうしたって足が早いのよ」


「冷房付ければ良いじゃないか」


「……これでも付けてる」


 妙に体感温度が高いのは気のせいではなかったらしい。

 30度くらいだろうか。

 さすがに室外より遥かに涼しいけれど。


「嘘だろう。エアコン壊れてるんじゃないか?」


「まっさか。送風口から冷気は出てるんだよ。フィルターだってついこの前掃除したばかりだし。家の中に冷気が出てくような穴もない。今年の夏は本当に変な感じ」


 あまりの猛暑だと冷房が空気を冷やしきれないこともある。

 だが午前中2階で寝転がっていた時は、そんなこともなかった。


「僕の部屋は?」


「あーちゃんの部屋も今は似たり寄ったりの状態。暑いものは暑いんだから仕方ないよ。ご飯食べて食べて。受け皿にスープ入れてあるから、自分で麺と好きな具材取ってね」


「珍しい食べ方だね」


 いつもは最初からドンブリに醤油酢も麺も具材も入った、食べられるだけで出されていた。


「ちらし寿司みたいで楽しいでしょう?」


「え……うーん……どうだろう……」


 箸で中華麺を掴む。

 思いのほかゴッソリ絡み付いてきた。

 折れそうなくらいしなるので、一旦ザルに下ろす。


「む……いつもと同じだとマンネリだと思ったから、楽しい趣向にしたのに! あーちゃんの為に! 目で楽しむのだって食事なんだから」


「あ……ありがとう」


 麺を小分けに取ってドンブリによそう。


 具材はどうしようか。

 きゅうり、トマト、ハム、錦糸玉子、紅ショウガ。

 適当に乗せる。

 確かにちらし寿司、あるいはバイキングのように取り分ける楽しさはあるかも。


「あら、あーちゃん盛り付け上手いんだね。バランス良くて素敵」


「そう……?」


 特に考えなしに自分の好きな物だけ取っただけであるが。

 それにやはり、最初から盛り付けてくれた方が楽だ。


「ほら、ボクはエビさんをハート型にしたよ。あーちゃんラブ」


「器用だね。ところで具材にオクラはない?」


「オクラ? 今日はないなぁ。あーちゃんオクラ好きだっけ?」


「いや、この前テレビで観たから、ちょっと食べたかっただけ」


「ふぅん……今度野菜市で見かけたら買っておくよ」


 ふと思い出したのだ。


 前回の冷やし中華の後だったか、日中に寝転んでテレビ番組を眺めていたら、不意打ちで始まった健康番組。

 その中でオクラを特集していた。

 調理法の中に冷やし中華もあった。


 マンネリ打破の為にした提案だったが……よくよく考えると、再び冷やし中華の催促をしただけの形になっている。

 別の料理を打診すれば良かった……。

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