38.誰か
敷地と屋外を隔てる柵の内側。
出入りの邪魔にならない陰、しかし一目で分かる場所に危険物の袋を安置する。
ベッド上でゴロゴロしてぼんやりした頭が、ハッキリする丁度良い運動になった。
家の敷地から一歩だけ道路に出る。
「今日は、暑いな……」
照りつける夏の日差し。
青葉と焼けたアスファルトの臭い。
けたたましいアブラゼミの鳴き声。
8月下旬に残暑の酷暑。
秋の訪れを感じさせる季節が、確実に気温の下がる日を増やしていく中、いまだ異様な暑さの日もある。
とりわけ今年の気候は不安定だった。
昼に涼しくなったかと思えば、熱帯夜で寝苦しい日。
連続で発生する台風と到着前に消滅を繰り返す。
小雨の夕立ちがそのままゲリラ豪雨となり、警報も出ていないのに川を氾濫させる。
今夏は過ごしにくい。
「ん……?」
道の遠くの先に、誰かいる。
小柄で、髪の短い……女の子?
遠目でろくに身形も確認できないのに、何故か笑っていると認識した。
口を動かした、ように見えた。
「ドコニイテモ、キットアイニイクヨ」
そう言っていたような……。
目を凝らそうと瞬きをする。
……いない。
もうどこかへ行ってしまったのか、単なる見間違いだったのか……。
――ギャァギャァ!
カラスの鳴き声?
空を見上げる。
黒い、黒いカラスの大群が東から西へ。
二十……三十……四十……空を覆いつくすほどの。
実に見事な濡れ羽色。
黒い空に、さらに深い墨で塗りつけたような、真っ黒な真っ黒な……
……黒い空?
物音が消える。
静寂が時間を支配した。
しかし耳鳴りが、耳介の奥の脳を静かに貫く。
キーン……と。
まばたきの刹那、世界が変質する。
ゴォーン……ゴォーン……。
それは異界に鳴り響く不協和音。
遥か遠くから響く、錆びた鐘の音は、呪いを祝福し地獄へと牽引する冥府の脈動。
常闇の虚空、地平線の果てまで続く紅、血溜まりの地面。
呼吸もできない重い空気が満ち、常軌を逸した化け物が闊歩し、血よりも生臭い悪臭の立ち込める、逃げ場のない広大な死の牢獄。
白昼に見る悪夢、狂気の最果て。
馬鹿な……まだ終わっていなかったのか。
49日前のあの日以来、頻度を減らしながら数回だけ起こり、ここ1ヵ月間は完全になくなっていた。
一時的な、認知の疵瑕(しか)ではなかったのか。
何故また、今頃になってこの白昼夢に取り憑かれなければならない。
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