37.危険物

 身支度を整えた後、玄関でサンダルをつっかける。


「あ、あーちゃん。物置行くならこれ持っていって」


 1階和室の掃除をしていた結城が半身覗かせ、何かを放って寄越してきた。

 それは真新しい真鍮合金の鍵だった。


「なんで鍵なんか……物置は施錠されてないだろう?」


「この前、新しく付けたの。どうもここ最近、近所で泥棒さんが出るみたいなのよね」


 そんな話聞いていないが。

 自治体や町内会の話題、あるいは回覧板で回ってきたのだろうか。

 いずれも結城が担当してくれているから、僕が知る由もない。


「物置なんか漁らないだろ」


 うちの物置は土蔵や金庫ではない。

 ただ要らなくなった物、普段使いしない物を置きっぱなしにしているだけだ。


「一応。用心の為だよ。近所で入られたって、4丁目の若道さんの奥さんが言ってた」


 不審者が侵入するのは不快で怖い。

 しかしゴミだけ勝手に持って行ってくれるなら、むしろ願ったり叶ったりであるが。

 そうもいかないのだろう。


 玄関を出てすぐ横の小道から、裏手の方へと回る。

 家の裏にあるプレハブ小屋の物置。

 白壁に黒屋根、幅2.4m・奥行2.3m・高さ2.5mのほぼ正方形。


 古い記憶では10歳に満たない頃くらいまで、結城とよく秘密基地ごっこをした。

 様々な日用品を持ち込み、その中でお菓子を食べたりゲームをしたり。

 楽しい思い出がある一方、一度うっかり小火騒ぎを起こしてしまい、両親からしこたま怒られたりもした。


 最後に来たのは、春先で古くなり使わなくなった防寒具を仕舞った時以来か。

 捨てた記憶がないから、まだ小屋の奥で眠っているはずだ。


 小学生の中学年ほど以降は、殆ど訪れなくなっている。


 横開きの出入口に、黄土色の錠前が取り付けられている。

 電子ロックでもないシリンダー型の、至極素朴な錠前である。

 ホームセンターで1000~2000円ほどで売っていそうな代物だが、出入り扉ごとぶち破るようなド根性泥棒でもなければ、すぐに諦めそうなセキュリティだ。


 鍵で開錠し、戸を開く。


 ムワっとした埃の臭い。

 薄暗い室内に、色々なガラクタが収納されている。

 一応、電球式の照明はあるが、出入口から差す昼光で十分だ。


「危険物……危険物はっと……」


 すぐに見つかった。

 正面の少し奥まった場所に、地域指定の透明なビニール袋に入れられている。

 中身の空き缶や乾電池なども確認できる。


 掴み持ち上げる。

 3キロくらいか。

 確かにちょっと重い。


 袋を持ったまま外に出ようとして、一瞬、右奥のプラスチックコンテナと黒いビニール袋が気になった。

 薄っすらと、鉄錆の臭いが鼻をつく。


 なんだ……?


 コンテナの中身が光を鈍く反射している。

 近づいて覗き込む。


 一瞬だけ、ギョッとした。

 中身は多量の包丁。

 どれも、何か硬い物でも無理やり切ろうとしたように、刀身が歪み折れ曲がっている。

 液体に濡れている気もした。


 そして黒いビニール袋。

 大きさは直径1mくらいか。

 中身は見えない。

 鉄錆の臭いはこちらの方が強いかもしれない。


 なんだろう……。

 結城がマグロでも丸ごと解体しようとしたのだろうか。

 いや料理上手な彼は、家庭包丁でそんな物が解体出来ないことくらい知っているだろう。


 妙に嫌な予感はあるが……見ないことにする。

 仮に中身がナマモノだったりしても、結城が関知しているはずだし、処分するはずだ。


 危険物の袋だけ持ち出し、物置の戸を閉め、鍵を施錠する。

 玄関の方へと戻る。


 物置の中で、一度だけ何かが動く音がした。

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