12.下校

 6時限目とホームルームが終わる。

 担任の姿が教室の出口に消える。


 ようやくと言った様子で、クラスメイト達がほっと一息つく。

 教室中に開放的な空気が満ちる。


 ざわめき。

 プライベートを優先してさっさと帰宅する者。

 鞄とスポーツバックを持って部活に行く者。

 教室に居残って雑談する者。

 帰宅時間になったことで、活力が幾らか戻っている。


 僕は伸びをして体のコリをほぐす。

 今日はどうしようか。

 すぐに帰宅して自宅でくつろぐのもいい。

 あるいはサークルに寄ってみようか。


 所属している部活はないが、校内に10強存在するサークルの1つ『電子遊戯愛好会』に籍を置いている。

 国内外、新旧の電子媒体の遊技機を研究・分析し、若年者サブカルチャーの動向を調査する、という名目のただ電子ゲームで遊び呆けるだけのサークル。

 幽霊部員を含めて現在6名が在籍している。

 そのうち常習出席しているのは3人。

 僕は定例会日を含めて、週に2~3日顔を出す程度。


 この学校で言うサークルは、部費が捻出されない10名以下の集団を指す。

 さらに5名を下回る場合は集合と呼ばれた。

 集合は7~10ほどの数が頻繁に増減を繰り返している。


 何故このように非正規の集まりが増えてしまったかというと、一言に、学校側が部活動に消極的だからである。


 第三仮心中学校はあくまで学力の向上を第一指針としているので、部活については相当緩い。

 むしろ長時間の部活動拘束による学力低下を懸念し、20時以降の活動はよほどの理由と申告書の提出がなければ認められない。

 部活やサークルや集合も、その半数は英会話サークルや物理学研究会といった授業科目に関連している。


 一般的な運動部や文化部も、ガチガチの気合が入った活動を行っているところがない。

 あくまで学校教育の一側面の扱いでしかないのだ。


「お疲れ、あーちゃん」


 結城が鞄を両手に提げて脇に立っている。


「お疲れ。今日は聞くばかりの授業が多くて疲れたよ」


「聞くだけだから疲れないんじゃない?」


「結城にはわからないよ、劣等生の気持ちは」


「腐らないの、もう帰れるんだから。ね、今日は早めに帰宅しよう。一緒に帰ろ」


 腕を引いて立たせられる。


 教室に残留してもやることがない。

 サークルの顔出しも明日にしよう。


 学校鞄に必要な教科書やノートを詰め込む。


「そういえば、結城は部活良いの? 新体操部」


 彼が歩き離れながら言う。


「へへ、今日くらい休もうかな。恋人初日なんだから、一緒に下校したいんだ」


 彼の所属は新体操部。

 同部は名義上部活動であるが、サークルと同じくらい緩い。

 確か定義されている人員ギリギリだったはず。

 大会に出た実績もなく、ひたすら体育館で練習だけしているらしい。

 女子部であっても、男子である結城の所属が許されるのは、そうした緩さや頭数確保に由来している。


 帰宅準備が整う。

 教室の出口で待っている結城に追いつく。


「じゃあ、帰ろうか。どこか寄っていく?」


「うーん……どうしよっかな。晩御飯の食材はあるしー……」結城が人差し指を唇に当て考え、「あ、そうだ。ボク、デートしたい」


「デート?」


「うん、下校デート。ゲームセンターでも行かない?」


 ゲームセンターか。

 一番最後に彼と一緒に訪れたのが先月の中ほど。

 急用が重なって足を運ぶ頻度が落ちていたが、一時期はほぼ毎日入り浸っていた。


「久し振りだけど、それっていつも遊びに行くのと変わらないじゃん。デートじゃないんじゃ……」


「デートなの!」


 デートらしい。



 教室を出ようとして、結城が女子グループに囲まれ止められた。

 どうやら下校後にカラオケにでも遊びに行くよう打診されていたらしい。

「どうしてもダメなのー?」

「ごめんねー、外せない用事があってー。来週絶対埋め合わせするから」

「もー、割引券今日までなのにー」

「来週絶対だからねー」

「うん、絶対ぜったいー」


 それを僕は少し遠巻きに眺めている。

 とても輪に入っていく勇気はない。お呼びでもないし。


 女子特有の、男子と違う距離感の近い友情。

 あまりに慣れない空気感。

 掛け値なしの女性と女性の関係性。

 結城の女装は周知のはずだが、ああもしっくり溶け込めると、同じ性別の遺伝子を持っていると思えない。



 階段を降りて、下駄箱で靴を履き替え、正門から出る。


 グラウンドから野球部の掛け声。

 気合入れてけー、バッチコーイ、カキーン、オーライオーライ。


 駆け回る坊主刈り、泥だらけのユニフォーム、光る玉の汗。

 部活に消極的といえど、運動部はそれなりに一途に日々精進している。

 大会に出場する数少ない部活動でもあるから、彼らに使命感が宿っているだろう。


 それに比べて僕はと言えば、たまに出席するサークルは電子ゲームで遊び呆け、それ以外は帰宅しくつろぐだけ。

 なんだか青春の時間を無駄にしている焦燥感に駆られた。

 いまさら後悔するはずもないのに、無性に目を背けたくなる。


「ふふ、あーちゃんも運動部入る?」


 隣を歩く結城が茶化す。

 彼も大会に出ないのに新体操部に所属している。

 なにかしら、大会出場の名誉より優先させる信念があるのだろう。


「玉拾いですら足手まといになっちゃうよ。きっと似合わない」


「あら、ボールを追いかけて仲間たちと青春の汗を流す。ボクは素敵だと思うなぁ」


 電子ゲームにだって思い入れがある。

 ただ、打ち込むものに運動を選ばなかったのはそういう運命だったに過ぎないのだ。


 きっと誰にだって、人それぞれ大切な心の芯があるはず。

 そこに優劣はない。


「そのおかげで、ボクはあーちゃんと下校できるけどね。えへへ……」

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