音して楽したい

七山月子

耳の行方

マルーン5を聴きながら、頷いていた。

何に頷いていたかというと私には解せなかった友人の言葉への相槌だった。

「あんたね、いつまでも子供でいられないのよ、私だって仕事いっぱいして子供育ててんのに、あんたときたら」

いわゆるお説教だったが、本当に片耳のイヤホンを外さずに良かったと深く頷いた。


ベルトコンベアの上をゆく段ボール箱の行進を眺めながら、汗ばんだ襟元をはためかせ、お昼の合図と共に外へ抜け出した。

私の今日の仕事はここまでで、家にこのまま帰るには勿体ないほどのいい天気だった。

椎名林檎が舌を回し、銀色の靴で闊歩する歌声を片耳のイヤホンでやっぱり聴いていた、いい天気の天晴れなほどざんざん降りの雨は心地よく、買ったばかりの少し値の張った雨傘日傘兼用が役に立ち、大満足だった。

シャッフル再生したまま椎名林檎はandymoriに移り変わり、猫に名前がないままベンガルトラはモンゴロイドと仲良くなっていく。

雨は夕方まで降ってカフェにイマイチ馴染めない私を癒した。

あの段ボールの行進のような私の人生は、音楽プレイヤーの中に入った私好みの歌のどれにも当てはまらない。何故なら全ての音楽はドラマチック過ぎるし、素敵であったからだ。

操作し始めた指は友人へのラインスタンプを選ぼうと動き始め、耳の中には今にも崩れ落ちてしまいそうなビリーホリディの泣き声が呻いている。

羊毛とおはなのプカプカに涙して、トランプスタスタせざるを得ない気持ちになったからBARへ移動した。

カクテルを適当に選ぼうとして失敗したことを思い出し、マティーニを3杯のんでへべれけ。

私の胸に落ちるのはコートニーラブの掠れたロック。リリー・アレンのかわゆいF✳︎✳︎k♪。aikoの衰えない恋について思案していると、そのうちYUKIの不可思議さにつられてCHARAにシンパシーを感じる。ふがいないや。


酒はそれなりに回って友人の説教を思い出す。

どうせならマルーン5の耳ごと切り落としてその耳に生えた足でその場から自由になりたかった、そして耳は空を飛んで森を越え優雅にソファに沈むのだろう。

現実的なものなんて要らない。

私が望むのはひとつしかなくて、それは空想の中で生きたいというものだから、精神病院送りになるには時間の問題かもしれない。

お母様お父様、私を許してください、旅立つ荷物の中には必ず、雨にぬれてもの楽譜とリコーダーを入れておきますからいつだって一緒に居られるはずです。


頷いて、しがらみに囚われて、私いったい何処に行くのかもわからないまま、誰かのいうとおりに仕事して毎日死んで、酒飲んでタバコ吸って音楽聴いていたいや、そんなもので人生が終わったらなんぼのもんじゃないだろうか、いつかは終わるのが救いですアーメン。

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