第19話 有名



 紅茶をすすめられた俺たちは、花のにおいのするそれで舌を湿らせながら、得た情報をかみしめた。


「ここがどこなのかは、分かった……と思うけど、お前何者なんだ? 何でこんな所にいるんだ」


 対応するコスモスは肩をすくめてみせる。


「何者か、にはノーコメント。君達に名前以上の物を教える義務はないからね。何で、と聞かれると、それが仕事だからとしか言いようがないかな。世界から失われるはずだった知恵を保管して、然るべき時に必要な人に渡す、といういう仕事が僕にはあるんだよ」


 なにやら壮大なすぎる話だ。

 うまく想像が及ぶ気がしない。


 とりあえず、それに思うこととしては………。


「何もこんな所じゃなくたっていいだろ」


 こんなことぐらいだろうか。


 普通に壁の内側……俺達のいる場所でも管理できたんじゃないのか?

 無の空間の中に、建物を作りだす、という理由が分からない。


 コスモスは空になったティーカップを、テーブルに置いた。


「僕は有名人だからね。迂闊に外を出歩けないのさ」

「お前って、犯罪者とかなのか?」


 キャロが目をむいてぎょっとした顔になる。


「ちょっと、オルタ」


 自分で言ってて、さすがに迂闊過ぎたかもしれないと思った。

 こんな訳の分からないところで、わけのわからない力をもった人間を敵にまわしたらどうなるか分からない。


 慌てて口を押えるが、今更遅い。

 けど、コスモスは特に気にした風でもないようだった。


「ま、そんなものかな。罪を犯したという事実を隠すつもりはないからね」


 ほっと胸をなでおろす。


「俺達、帰れるんだよな」


 見た所周囲には本と、本のつまった棚しか見当たらない。

 ここに来る前に見た機械の操作台らしきものは、みじんも見られなかった。


 帰るなら、やってきたときにいじったものと、同じものが必要になるのではないんだろうか。


「帰りたいのかい? お望みなら、今すぐにでも?」

「本当か!? できるもんなら家に帰ってさっさとベッドに寝転がりたいくらいだぜ」

「やれやれ、君って細かい事気にしないタイプなんだね。まあ、好き好んで来客を閉じ込める趣味は僕に無いからいいけど。じゃあ……」


 冗談のつもりで交わした会話だったが、コスモスには何らかのアテがあるらしい。


 今度は俺の方がおどろいてしまう。


「ちょっと待ってください!」


 話がまとまりかけたのに静止をかけるのはクオンだ。

 今まで黙っていた彼女は、膝の上に置いた拳を震わせながらコスモスをにらみ付け……いや、凝視している?


 まるでよく知っている何かを懸命に見極めようとしているかのようだ。


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