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 校舎の屋上からはこの島で唯一の海岸が見渡せた。


「何か思い出せないかい?」


 わたしが問いかけると、少女は首を振った。


「すみません。ダメみたいです」


 少女は屈託なく笑って言った。だが、その手は手すりを強く握りしめるあまり白く変色していた。


「そうか」


 東の海岸線は内側に大きく湾曲している。海にかじられたようにも、逆に海にかじりつこうと口を広げているようにも見える。


 高く設けられた海壁の階段を上ると、そこはもう「学園」と呼ばれる一帯になる。その敷地は大きく六つのブロックに分かれ、海岸から見て正面に位置する管理棟のブロックを中心に、幼少部から高等部までの各ブロック、教会、体育館など周辺施設が固まったブロックが取り囲むように配置されている。


 学園よりもさらに奥に進むと、そこにはもう何もない。山と林。島の西側に抜けるにはフタコブラクダのこぶのように盛り上がった山を登らなくてはならない。尤も向こう側に出たところで、その先には何もない。切り立った崖と、海があるだけだ。


「ホントに学園しかないんですね」少女は言った。「食料や生活用品はどうしてるんです?」


「ここは魔法の島なんだ。魔法で何でも作り出せる」


「本当ですか?」


「冗談だよ」わたしは言った。「地下に工場がある」


「地下に?」


「ああ。工場はただの工場じゃない。米、パン、果物、魚、蝋燭、衣服、電気、赤ん坊、何でも作れる」


「赤ちゃんも?」


「ああ。この島でよく言われる冗談がある。この島にはキャベツ畑が二つあるというのがそれだ。一つは食卓に並ぶキャベツを、もう一つは赤ん坊を収穫する場所だってね」


「それじゃやっぱり魔法じゃないですか」


「そうかもしれない」わたしは言った。「信じられないなら、君も一度見学してみるといい。菜園のフロアなんてそれは見事なものだ。詳しい仕組みはわからないが、地上の環境をそのまま再現できるらしい」


「でも、それなら最初から地上で作ればいいのに」


「工場はあくまでこの島の生活を支える施設であって、この島の本質ではない。この島の顔はあくまで学園だ」


 それからわたしは二、三の質問に答えた。屋上は肌寒かった。タイツを二枚重ねにして履いているが、足元から冷え込んでくる。ジャンパースカートの学生服はいまだ体になじまない。毎朝着替えるたびに他人の皮をかぶるような違和感があった。


「今日はありがとうございました。それと、せっかく付き合わせたのに何も思い出せなくてごめんなさい」


「気に病むことはない。ゆっくり思い出せばいい」


 夕日が山の向こうに消えようとしていた。


「最後に一つだけいいですか」


「何かな」


「この島の名前は何ですか」


「さてね。ただ、わたしはママの島と呼んでいる」

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