第10話 狼、帰りの馬車を作ってみた
たぶん、この世界で馬車を寝台車に改造したのは、俺が最初だと思う。
まあ、座ってるだけでもピョンピョン跳ねるし、気持ちよく寝るスペースを造ったら荷物を載せる場所がなくなるからだろう。
「狼どの。その……そこはかとなく、恥ずかしいのだが」
メドゥサ会頭に大型の箱馬車の中に設置されたカーテン付きの寝台を見て、初夜を迎える花嫁みたいな顔をされた。
もちろん、新婚カップルにエッチな雰囲気になってもらおうなどというゲスお節介をしようというわけでもない。
「ご心配なく。淑女専用車両となっております」
「だろうと思った」
後ろでスコールが素っ気なく吐き捨てると、さっさと別の馬車へ荷積みを再開する。
報酬をもらってから十四日目。
〝
ご懐妊がわかったメドゥサ会頭のセニ帰還に際して、寝台車を作ってみた。
はい、中央からの返信待ちが長引いて二週間ヒマでした。
箱馬車の窓は、この世界では珍しい引き戸タイプで、開閉自由。出入り口はタラップ階段。車内は耐衝撃のため獣毛と藁とシーツでソファーベッドを持ちこみ、寒風対策で二重のカーテンも引いた。
これで、馬代コミの総額金貨八〇枚が消し飛んだ。そのうち
あと、車輪連結部にサスペンション着けるとか、衝撃吸収油圧式ダンパー着けるとかはムトゥ家政長の目があるので、今はしてない。校則違反は校長の見てないところでやるのが常識だ。
この世界では、交易都市や軍用道路は石畳を敷いているが、ほとんどの道は舗装されていない。平坦でもないし、水たまりも多い。馬車の車輪も脱輪するし、ヌタヌタの泥に突っこんでしょっちゅう立ち往生している。
俺もティミショアラへ来るまでに、市場調査のつもりでガラス瓶の蒸留酒を二ダース二箱(二四本)で持ってきていた。
到着後。割れずに生き残ったのは、わずかに四本。
こんな物流環境ではガラスが普及しないわけである。中世ヨーロッパでも、たぶんこんな感じだったのかも知れない。
ゆえに、妊婦が旅行をするのも決死の覚悟だったろう。
流産や早産のリスクは母体にも危険なはず。妊婦さんをガラス扱いするわけではないが、配慮されるべき要保護者であることには変わりない。これも人命救助最優先の精神だ。
「ねえねえ、狼。淑女専用ってことは、わたし達も乗っていいのよね」
ハティヤとウルダがニコニコと期待をこめて寄ってくる。
「うん。いいよ。御者を交替で頼むよ」
「わたしらは、そこかーい」
ハティヤのツッコミが最近、ツカサに似てきてドキリとさせられる。
「でも、ハティヤ。あのベッド、みんなで寝たらよかろうもん」
ウルダは今日もポジティブだ。
「あれがメドゥサさん専用で、うち達は毛布ってことはなかろう?」
輝く笑顔で威圧された。
「まあね。旅の苦楽は皆平等。それが俺のモットーだけど、メドゥサさんお腹に赤ちゃんいるから、護って欲しいんだけど」
「もちろんよ。子守りなら任しといて」ハティヤが胸を叩く。
(惜しい。それとはちょっと時期的に違うんだよなあ)
「ふっふっふっ」不敵過剰な笑声とともに、科学の魔女がやってきた。「吾輩はアスワンで何度も出産に立ち会ったことがあるでな。妊婦の扱いなら熟知しておるぞ」
(その口ぶりからだと、本当に立って見てただけだろ……っ)
それに、まだ臨月もきてないから。出産予定もたぶんセニに還ってからだって。
「博士。一緒に来てくれるんですか。ここで大公陛下の裁可待ちだったのでは?」
魔女裁定に時間がかかっているのは知っている。俺の指摘に、ライカン・フェニアはついっと視線を逃がした。
「ふんっ。今回の吾輩の功績に否をつけられるものなら、やってみるがよいのじゃ」
「つまり、その可能性もあるから、さっさと逃げてしまおう、という?」
「び、微粒子レベルの懸念じゃ。心配ない。だから吾輩も乗っていくのじゃ! 乗りたいのじゃ!」子供か。
「狼、びりゅうしって?」ハティヤがまじまじと訊いてくる。
「砂の粒より小さいってこと」一応説明する。
「ふーん。連れてくの、彼女」
急に投げかけられる視線が幻肢的に
「彼女も乗るとなると、四人目からは毛布で寝ることになろうかと存じます」
気配と視線を読んで敬語を使う。ハティヤは、ライカン・フェニアを見て、
「見た目、私より年上みたいだし。ちゃんと働けるんなら、連れて行ってあげるけど?」
「マコトか!? 料理と掃除以外なら、なんでもできるぞ」
ウルダは身につまされたように押し黙る。お前もかい。
俺はハティヤが怒るかと思っていたが、むしろ笑い出した。
「それなら不採用ね。連れて行けないわよ」
「な、なんじゃとっ。狼ぃっ」
「俺もちょっと無理かな。これからは俺のリュックに潜り込んでの移動はないですからね。パーティの一員としての協力を要望します」
観光ではない。集団移動生活なのだ。炊事洗濯は当たり前。食べることだけ一人前では困る。
ライカン・フェニアは俺にまで拒否されるとは思ってなかったのか、途方に暮れた顔をした。可哀想なので、話の水を向けてみる。
「ちなみに、博士は何が得意なのですか」
「……人工培養。機構設計。薬品調合。旋盤溶接。施設建築。潜水技能。核燃料取扱とか」
マジか。ガチムチの科学工兵じゃん。超すげぇけど、旅に関係ないのばっかし。
でも一つだけ、科学の魔女は自分の得意を言わなかった。
医学。
ライカン・フェニアの父親は軍医。彼女もまた医師になっていると考えるのは自然だ。人工培養も、クローン。病理系の医療研究者だとすれば納得も行く。
ニフリートがダンジョン内で危篤に陥った時にすぐ診断したのもまた彼女だ。
一方で、医学をこの世界に持ち込めば、絶大な力と権威を持つオーバーテクノロジーであることを熟知している。宗教の権威を医学が目減りさせたと言われている。同じ異世界人としてあえて俺もその技術資格者であることを指摘しなかった。
「うーんと、つまり。あなたは、うちの先生と似た系統なわけね」
朗報。わが主様は理解が早い上に、母親なみの寛容さを持っていた。
「じゃあ、ウルダと一緒にしばらく修行かな」
「しゅ、修行じゃと?」
「そうよ。旅で炊事や洗濯なんかの日常生活を教えてあげる。好きなんでしょう、学ぶの?」
「……うん」どこか面倒くさそうにこくりとうなずいた。
新しい友人兼弟子を持ったことに満足げなハティヤに、俺は小さい拍手で讃えた。
実は、ライカン・フェニアの科学力は欲しかった。彼女の暴走気味の知恵を借りれば生活水準が一ランク上げるのことは容易だ。
「あなた、年齢は」
「三千──」
「十九歳って言ってました!」
すかさず俺が遮った。今ここでそういう異世界人のお約束ボケはいらないから。
そこに別の大型の荷馬車からティボルの声がかかった。
「狼ーっ。積み込み終わったぞー、確認してくれ!」
俺は手を挙げて返事をし、女性陣から離れてそっちへ移る。
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