第9話 ホムンクルス会議(9)
昼食後。食堂で報酬会議が催された。
まずカラヤン、メドゥサ会頭、ハティヤの籠城迎撃組には、ロット金貨で二〇〇枚が支払われた。もちろん、この中には多分に口止め料が入っている。
また、ダンジョン調査隊には、ニフリートとライカン・フェニアを除く全員に、金貨三〇〇枚。プラス成功ボーナスで金貨一〇〇枚がそれぞれに支払われた。
スコールもハティヤも一度にこれだけの獲得報酬には満足したらしい。しきりに袋の重さを確かめている。
「
途中からパーティの主力になっていたライカン・フェニアがテーブルを叩いて抗議した。
ムトゥ家政長はあらかじめ予見していた顔で嘆息した
「お前は、彼らに勝手についていった身だろう。依頼パーティと認めた覚えはない」
「はぐぅっ」
「──とはいえ。狼殿から聞く限りでも殊勝なる功績の確認は取れたことだし、公国への貢献は小さくないと判断した。
よって、公都にお前のこれまでの罪一等を減じるための嘆願を出す。それで相殺だ。とにかくお前は、大公陛下から特赦の沙汰を受けて、少しでも身軽になっておけ。調査でまた
アメとムチで、見事に抗議を封じた。
「ムトゥどの。折り入ってお願いがあるのですが」
カラヤンが居ずまいを正して、口を開いた。ムトゥ家政長は皆まで聞かず、軽く手で制しつつうなずいた。
「カラヤン殿のご要望についても、狼殿からうかがってござる。後で執務室に来てくだされ。そこで戦局図とともにご説明致しましょう」
「はっ。かたじけない」カラヤンは禿頭を下げた。
「あの……」次にウルダが手を挙げた。「わたし、これ。もらって良いのですか?」
老人は穏やかに微笑んでうなずいた。
「遠慮することはない。お前の活躍も狼殿から報告は受けている。正当な報酬だ。こたびは良い働きをしたな。狼殿の下で一層励めよ」
「はいっ」
ウルダは師父の賞励でようやく嬉しそうに破顔した。
「ヤドカリニヤ殿も、何か要望があればうかがいますが」
メドゥサ会頭とは居ずまいを正して、顔を振った。
「特に異存はござりません。元を正せば、わたくしは〝夫〟の無事を確認しに、こちらに馳せ参じただけですので。過分の配慮に痛み入ります」
「なるほど。左様ですか」ムトゥ家政長は若干、当てが外れた表情を浮かべた。
「あの。それじゃあ、一つお願いがあるのですが」
俺が声をかけると、老人にまた露骨に嫌な顔をされた。
博士の時と違って、俺への忌避感が強い。まあ、仕方ないんだか。
「なにかな?」
「こちらで、炭鉱などはございますか?」
全員が俺を見た。
「たんこう?」
「狼、たんこうってなんだ?」スコールが訊いてくる。
「石炭という、木炭よりも火持ちのする燃える石の採掘場所のことだよ」
「石炭って、サウナ小屋で狼が感動してたあの石だよな」
「うん。そうだね」
「あんなの、マジで欲しいのかよ」
スコールが苦笑する。が、ずっと近くにいるせいか、察したらしい。
「また〝悪企み〟を思いついたのか?」
「まあね。──ムトゥ家政長。いかがでしょうか」
みんなの視線が、俺から老人に移る。
「炭鉱はございますが、他国の企業に採掘権は販売しておりません」
「では、この金で定期取引契約を」
ムトゥ家政長は首を振った。
「我が公国は、施政方針として他国商会との交易を極力控えております。また、この寒冷期の燃料は民の貴重な生活必需品ともなりますので、大口優先の取引も差し控えております」
「そうですか。では、こちらでは海塩は足りてますか?」
「はい?」
「海から捕れた魚、食べたくありませんか。加工肉ばかりでは食生活偏りますよね。あとジャガイモとかばかりで、干果実類の供給足りてますか?
ああ、お酒も召し上がっていただけたかと思います。良い出来だったでしょう。 あれ。俺が作ったんですよ。もう半年すれば出荷できますよ」
たたみ掛けるように営業をかける。ムトゥ家政長は困惑した様子で考えこみ始めた。
「交易の話でしたら、執政長カリネスコを通していただければよろしいかと」
「あ、そうそう。ヤドカリニヤ商会では、自前の反射炉を持っていましてね。
俺はあえてムトゥ家政長を見ないで、独り言のように言った。
「これからネヴェーラ王国で存亡をかけた戦争が激化します。鉄の相場も上がっていきますねえ。でもその製鉄はどれも粗悪品ばかり。彼らの反射炉は熱量が足りないのです。
その中でもまともな鉄は優先的に騎士の鎧や剣に化けていて、釘や鍋は後回し。民は良質な鉄の飢餓状態にあるのが現状です。
そこへもってきて、うちの反射炉は違いますよ。最新の高炉です。しかもシュコダ王国やジェノヴァ協商連合の特定貴族との契約もまだしていません。好機は今しかございませんよ」
「ですから、当国は特定の企業との専売契約は行っておりません」
顔がすべてをわかった上で俺を睨んでくる。
「こちらとしては、王国が滅んだ後は、帝国の狙いは〝
「フゥ……。ならば、石炭だけでよろしいのですかな」
ふっ。落ちたな。
「ああ、もちろんこちらで産する上質な鉄鉱石も流していただければ、うちで上質な鉄鋼インゴットにしてこちらに適正価格でお買い上げいただける準備もございます。もちろん、ネヴェーラ王国内の各都市を経由せずに直送しますよ」
現材を輸入し、製品を輸出する。いわゆる加工貿易というヤツだ。
「輸送の護衛はどうなさいますかな」
「マンガリッツァ・ファミリー傘下の〝
カラヤンの弟・三男アンダンテの傭兵会社だ。
「なっ、なんですと?」
暗殺をしかけた陣営の会社名にムトゥ家政長も目を瞠った。
「ムトゥさん。安心してください。過去の遺恨は、カラヤン・ゼレズニーとヤドカリニヤ商会ある限り、蒸し返しはさせませんよ。彼らにとっても、戦場へ行くより安全で良い収入源にもなるのですから。過去に縛られて商機を流す狭量なら、今後は彼らに仕事を回しません」
そこまで言い切った時、カラヤンがククッと喉を鳴らした。きっと、アンダンテに限って断るはずがないと思っているからだろう。
「さて。ヤドカリニヤ商会はここまで腹を割りました。もちろん、ムトゥ家政長を始めとするティミショアラ執政長。ひいては公都に
そう言って立ち上がり、狼頭を下げてまた着席した。
「まったく。其許はまさに人狼のごとき狡賢の雄でござるな」
ムトゥ家政長は油断ならない目を向けて、口の端を緩めた。
「改めて訊きますけど、こちらでは反射炉は造ってないのですか」
「塊鉄法の反射炉ならございます。高炉は例の機関を生みますので」
例の機関というのは、蒸気機関のことだ。産業革命の原動力にもなった。そこまで遠慮してこの世界の工業水準を向上させないでいられるのはある意味すごい。なるほど、これが知識は持ってるだけで伝わってしまうという戒めの体現でもあるらしい。
俺に言わせれば無駄な努力だ。技術が戦争をさせてるわけではないからだ。
「対帝国を見据え、かつあの怪物を戦場に持ち出さないためにも、鉄鋼装備の重要性が増すと考えますが」
〝Vマナーガ〟を対人戦に使用してしまえば、世界の戦争が一変する。彼らが一番してはならない禁じ手だろう。だからムトゥ家政長も怒った。
「推参でござるぞっ。そこまで其許に言われるまでもないことっ」
「はい。ですので、石炭と鉄鉱の取引をヤドカリニヤ商会に任せていただければ、できあがった上質な鉄が西(帝国)へ流れることがないことをお約束いたします」
ムトゥ家政長は一瞬うつむいて息を吸うと、顔を何度も振って、俺の熱意という名のしつこさに嘆息した。
「その商談にはこちらの協議を要します。後日、どなたか窓口となる担当者を寄越していただけますかな」
その言葉が聞きたかった。
「承知しました。それでしたら、いただいたこの金でこの町の石炭と鉄鉱石を買い、試作の鉄インゴットを二tgほど鋳造。担当者に持参させます。その質をご確認いただき、再考いただければと思います」
「承知いたした。では、そのように」
やった。これで、俺の目的は達せられた。鉄と石炭が手に入る。
(……あっ)
俺の向かいで、メドゥサ会頭が泣きそうな顔でうつむいて小さくなっている。
いや、まあ。人には向き不向きがあるからさ。どんまい。
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