第22話 婀娜(あだ)めく龍となるために(22)


【第13階層】、再び──。


 床に敷き詰められた死体はきれいに掃除され、一滴の血痕も残っていない。

 パーティメンバーは、潜入時とほぼ同じ。俺。ティボル。スコールとウルダ、そして翡翠龍公主だ。

 ニフリートは、黒髪をキレイにショートにまで切り揃えられて、ふんわりした顔立ちの麗姫だった。服装は白い戦闘タイツにあの義肢を装着していた。やはり義手足ではなく装備防具だったのだ。


 ライカン・フェニアは、自室で眠っている。サケカマメシに混ぜておいた鎮静薬が効いたらしい。アルファ化米と同じ厨房に遺しておいてくれた異世界人に感謝しておく。


「のぅ、ティボル。ここは何なのじゃ?」


 興味津々で上を見あげるおひい様の手を引いて、ティボルは目顔でお前が答えろと催促してくる。


「ここは、古代〝七城塞公国ジーベンビュルゲン〟の共同墓地で、死と再生を司る場所だそうですよ」


「古代のお墓か。なるほどのう。では、あそこで動いておるのはなんじゃ?」

「墓守を申しつけられた、魔術師の使い魔だそうです」


「ほぉほぉ。こんな暗い場所で休みなくずっと働くとは、健気じゃのう」


 無邪気に感心するお姫さまが可愛い。ウルダもスコールも前後を歩きながら笑うのを必死に堪えている。


[注意。当エリアはセントラル・ライフベース・ターミナル──

 通称〝カテドラルターミナル〟です。

 当艦の乗組員登録データを照会します。


 その場にて五秒の停止を命じます。

 当艦乗組員登録データを照会しています。残り、三秒──]


 さあ、どうなる。

 俺たちは立ち止まって、次の指示を待つ。


[照会確認。

 ようこそ、カテドラルターミナルへ

 Miss Nifleet Zmei


 Mr Tibor Hazhaway 


 Sir Sköll Ewerhart         ]


「えっ、おれ……っ!?」

 スコールが虚を突かれた声をあげた。


「こりゃあ、どういうこった? おい、狼っ」

 ティボルも戸惑いを洩らしたが、俺は彼らに手で制して前に進む。


(スリーカードかと思ったら、フォーカードだったか)


 キノコのオバケのような巨大モジュールの足下に操作卓コンソールがある。


 画面表示は、カードキーをリーダーに通せとの指示。

 異世界設備でも英語だと目や耳によく馴染む。


 俺は黒の管理者カードを通した。


[Error アクセス者:ティコ・ブラーエ 顔認証不可]


 俺はすぐにスキップボタンを押す。顔認証システムは重要視されていないらしい。だがアクセス記録は残ったはずだ。もたもたはしてられない。まるで極秘情報を盗み出す産業スパイの気分だ。よーし、テンション上がってきた。


「ティボルぅ。狼男は、いったい何をしておるのじゃ?」

「会議で言ってただろう。ここの働き過ぎを少しゆっくりにさせてやるんだよ」

「あれでできるのか? ふーん」


 お父さんと娘の会話にほっこりしている暇もなく、俺はステップを踏んでいく。


 調整されている項目は多岐にわたり、一画面に数十項目も現れ、それが五〇〇ページも続く。正直、部外者の俺にとっては目が回りそうだ。


 それから数秒後にはページを紙でめくるように飛ばしていた。


「お、狼しゃん……?」

 ウルダが心配そうに声をかけてきた。


「周囲警戒してて。とくに上から何か飛んできたら声かけて。そいつらに寄ってこられて戦闘になったら俺たちに勝ち目がない」

「了解」


 有機酵素プラントの水やりの水量とか、トイレパックの焼却還元日の変更とか、ここに住んでる連中には地味に重要だろうけど、今いらないんだよ。

 やがて、五〇〇ページにも及ぶ項目もなくなった。


「なん、だと……?」


 なかった。

 見落としてないはずだし、読み間違えてもいないはずだ。


 ない。複製体に関する項目がなかった。そんな。いや、待て。落ち着け。

 最後尾だ。もしかすると、どこか別の特別手続シーケンスに入るのかもしれない。


[password:Aa・・・・・・]


 ですよねー。しかも十一ケタのアルファベットで混成フォントとか、ここに来て泣かせる。この局面で、新たな情報収集は危険すぎるバクチか。

 だが、今の俺以上に、この異世界のティコ・ブラーエを知っている人が……。


「あの、ニフリート様」

「ん、なんじゃあ?」


 名前を呼ばれて嬉しそうにとなりに寄ってきた。

 子犬みたいで可愛いが、もうウルダより大きいんだよなあ。


「ティコ・ブラーエって人、知ってます?」

「無論じゃ。数日前に翡翠荘に会議で参った時、ミルシアが見惚れておった」


 数日前に翡翠荘に来た? もしかして現ティミショアラ宰相カリネスコか。


「ムトゥさん。いつも彼のこと、なんて言ってます?」

「じいがか? んー。あいつは口を開けば自分を基準にしてしゃべる。と言うて怒っておった。本人はそれを褒められておると思っておる変な性格をしておるらしい。あやつが町に来てから、じいから同じセリフを五度は聞いたかのう」


「なるほど。参考になりました」

「おっ、そうかぁ?」


 と、にこにことティボルにその笑顔を向ける。ほんと仲いいな。もう運命だな。


(ティコ・ブラーエ。占星術師。錬金術師。そしてデータの鬼……まさかな)


[IamCriterion(私が基準だ)]


 確定ボタンを押す。すると画面が切り替わった。


[system of PANDORA]


(あの人、どんだけ自意識高いんだよ……)


 驚き呆れるのもそこそこに、俺は項目を探した。

 その数三〇〇。意外に少ない。


 すぐに見つかった。たぶん、これだ。

[Amnesia(健忘)]の項目を開く。そこには注意書きや警告文もなく、ただ出力ゲージがあり数値が[48]を表示していた。


 ゲームの環境設定コンフィグかよ。

 人の記憶がこんな簡素な数字で操れるのか。なんて考えてる余裕はなかった。


「6、5……っと」


 ライカン・フェニアからの依頼だった。

 もし複製体の記憶を忘れる項目を見つけたら、六五パーセントまで下げて欲しいと。

 自我を保ちつつ、再出発できるのはそこくらいだと試算していた。


『我々は、異世界を渡り歩いてきた過去のすべてを消すわけにはいかん。じゃが使命を完遂できぬのであれば、母星への不退転も覚悟して我々は三千年も戦ったのだ。せめて彼らに次の選択の余地を与えるべきだと思ったのじゃ。もっとも、上層部は到底容認できぬと相手にしてもらえんかったがの』


 俺との会話の中で、自分が【第13階層】に再び立ち入れないことに薄々気づいていたのかもしれない。


 俺は、最後に確定ボタンを押して、[complete]を押した。

 数秒だけ、俺は青白い墓場の光を見あげた。


 静かだった。

 変更完了アナウンスもない。警告アナウンスもない。

 自爆カウントダウンが始まるわけでもない。


 上空で浮遊機ドローンが、黙々と飛び回って作業している。


「よし、還ろう」

 俺たちは、戻るべき場所へ歩き出した。


「あらあら。もうお帰りかしら」


 入口のほうから女の声がして、人影がゆっくりと勾配を降りてくる。

 うなじの毛が逆立った。


「臨戦っ。おひい様を守れ!」


 俺の号令で、スコールとウルダがニフリートの前に壁をつくった。二人とも抜剣は自重している。ここに入る前、艦内セキュリティを考えて指示を出していたからだ。

 ティボルはおひい様の背後に立ち、肩を抱く。


「カルセドニー……。カルセドニーではないかっ!?」

 ニフリートが気を緩め、声を弾ませる。

「誰です?」俺が訊いた。


「憶えておらんのか。わが侍女じゃ。お前を見て、剣を抜いて挑みかかってきたであろう」


 ──違う。


「ウルダ。スコール。間違いない?」俺は確認をとる。

「う、うん……カルセドニーだと思う。けど、なんか変」


 ウルダが戸惑った返事をする。するとスコールが、


「カルセドニーって館にいた眼鏡の姉ちゃんのことだろ? 違う、別人だ」


「えっ!?」ウルダがとなりの少年を見る。

「ティボルっ」俺は後方に声をかける。


「ああ、残念ながら、オレもあのヒス女には見えねーな。つか、あいつ。どんな顔してたっけ?」


 ウルダが言葉を失っている。

 俺はうなずく。顔を判別されない魔法なんてあるのか。いや、あるんだ。でないと彼女の登場に説明がつかない。

 つまり、俺たちに顔を見せたくない相手──敵だ。


「お、狼しゃんっ。どういうこと?」

「うん。おそらくカルセドニーに魔法がかかってるんだと思う。誰かに操られているんじゃないかな」


「あら、正解よ……わんちゃん?」


 前衛二人を差し置いて、突然、俺の目の前にカルセドニーが立った。


 甘い獣のにおいが、俺の黒鼻を殴る。

 目の前。鼻先三〇センチに立たれて、俺は声も出せず全身が総毛立った。動けない。


「あなたよねぇ。私が魔眼を持ち去った後も、こそこそ他の魔女に私のこと聞いて回ってる、犬畜生は」


「っ!? まさか、お前が──」

「お・仕・置・き、しちゃおうかしら?」


 音もなく、俺の両太腿を氷の牙刃きばが貫いた。あっさり体勢が崩れて、肩から床に崩れ落ちた。


「「こ、このぉおおおおっ!」」

「動くなあ!」


 高圧の殺気を噴出した子供たちを、俺は悲鳴より先に叫んでいた。


「あらあら。調教の行き届いたこと。ちょっと驚いちゃう。あそこで刃物を抜いて、私に襲いかかっていたら──お前の目の前で、大事な仲間を無残に八つ裂きにしてやれたのにぃ。あーあぁ、ざ~んねんっ」


 笑顔で、氷が貫いた太腿を左足で踏みつけられた。俺は必死に悲鳴をかみ殺した。


「警告よ。わんちゃん。──今度、私の影にすら触れてこようとしたら、殺す」

「お、俺はっ。あなたの目的すら知らない、んですが──ぐぁっ!?」


 膝に踏み乗られて、浮いた右足で刺さった氷柱を蹴られた。

 氷柱は折れずに左右に振られた。釘バットで太腿の中の肉を、骨を、神経をかき回されるほどの激痛に悲鳴が出た。


 その声の中で、俺はティボルにアイサインを送る。

 ティボルは即座に反応して、ニフリートを抱え上げて入口へ向けて走り出した。


「あら~ぁ? 仲間の窮地よりお姫様が大事ぃ? 大した騎士道精神、よね。それじゃあ、どこまで騎士のフリがつか、試してあげるぅ」

「や、やめろぉっ!」


 俺が叫ぶと同時だった。

 ニフリートを抱えて勾配を駆け上がるティボルの背中を氷の牙刃が貫いた。

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