第23話 婀娜(あだ)めく龍となるために(23)


 ティボルはとっさにつまずいた動きで前傾をとり、腕の中のニフリートを取り落としそうになった。

 だが踏みとどまり、一歩、また一歩と階段を昇っていく。


「ティボル、ティボルっ!? ワシを下ろすのじゃ! はよぅ!」


 ニフリートが懇願しているが、ティボルはそれを無視して階段を昇っていく。


「きみを、守って死ぬんだ。今度、こそ……っ」

「ティボルっ!?」


「〝総員抜刀! かかれぇ!〟」


 俺は日本語で叫ぶ。

 スコールとウルダの瞳から人間性が消散して敵に襲いかかった。


「あら、いいの? 可哀想に……ッ!?」


 カルセドニーの体勢が崩れ、俺の方へかしいだ。彼女の足の膝裏に手刀を入れて、膝折れさせたのだ。

 素顔の判別もつかない仮面の隙間から、初めて赤眼が現れ、怨嗟を飛ばしてくる。


「クソ犬野郎っ。次に会った時、絶対後悔させてあげるから……っ」

「お断りします。さようなら」


 女の身体を二本の片刃の剣が貫いた。

 その勢いに飲まれて、女の身体は二人がかりで押し倒される。


「いひっ。いひひ、いひひひ……っ」

「くそ、こいつ。なんで笑ってられるんだよっ!?」


 勇敢なる機動剣士たちが、敵に止めを刺そうと追い討ちに身構える。

 俺は二人の腰を背後から両脇に抱えて、背中から倒れることで敵から引き離した。

 

 いーっひひひゃひゃひゃははははっ!


 頭を奇怪に振り乱しながら笑い続けた。

 女は黒紫色のマナ光を纏い、直立姿勢で浮き上がった。致命傷を二カ所も受けてなお耳を汚す狂笑は止まらない。

 そして、次の瞬間。


 ──ボギッ

 女の頭が首がねじ切れた。


 それを合図に身体が爆散した。自爆。いや、魔女の魔法術式に肉体のマナ処理能力が耐えきれなくなった暴発。そんな風に見えた。


 俺たちは言葉もなく、かき消えていく血煙と床に残る血溜まりを呆然と眺めた。


「スコール。ティボルを診てきてくれないか」

「あっと、そうだった」


 スコールは立ち上がると入口に駆けだした。その背に声をかける。


「氷は抜かないで。ティボルの止血だけ頼む。あとで治癒魔法、試すから」

「了解ー」


 俺はウルダに足の氷柱を短剣で折り砕いてもらいながら、大きなため息をついた。もちろん、ひとまず生き残った安堵の深呼吸だ。


「痛てて……彼らを逃がすつもりが、彼を囮にしたみたいになってしまったな」

「ううん。誰も恨んどらんとよ。狼しゃんの判断は間違っとらんけん」


「ごめん、今の言い方はズルかったな。ウルダに否定して欲しくて、つい弱気な言葉で保身したかも」


 ウルダはニッコリ微笑んで、


「ふふ、バカちん。すーぐ弱気になるん狼しゃんの、悪い癖やけんね」

「うん。ごめん」

「でも、狼しゃん。なんで、うちらの抜刀とめたと?」


 俺はおもむろに、傍にあるキノコの親方を見上げた。


「うん……ここの防御体制が刃物を見て、騒ぎ出すと思ったんだ」

「でも。ずっと静かやんね」


 そう。作動しなかった。

 ここは古代の墓場。安置されている人達が荒らされないために警備態勢は万全のはず。なのに、あらかじめその指示が切られていたみたいだ。


 数時間前。ライカン・フェニアが特攻したとき、彼女には警告が発せられ、迎撃の浮遊機も飛んできた。今回はそれがなかった。

 ここの操作卓コンソールに触らなくても、外から警備に指示を出せるのか。それなら指示者は少ないはずだ。


 『彼らには、その権限がなかった……。では、誰ならあるのです?』

 『さぁ~ねぇ。でもまあ、龍人であるズメイ家は当然、堅てぇ──』


 情報統括主席書記官のティコ・ブラーエ。

 保守管理局主監のヨハネス・ケプラー。

 主席博士研究員だったニコラ・コペルニクス。


 ティコ・ブラーエの管理者カードキーは今、俺が持っている。

 ヨハネス・ケプラーはオイゲン・ムトゥ家政長。依頼人だ。


 となれば、俺が知ってる主要関係者はあと一人しかない。

 反重力制御装置内で死んだと思われていた、ニコラ・コペルニクス。


 そして、あの甘い、獣のにおい。


混沌の魔女ディスコルディア〟は、三千世界を股に掛けてきた科学者。

 そういうことでいいのか。


  §  §  §


「オメーは、オレを殺す気か!」

 回復一番、ティボルが景気よく喚いた。


 しっかり恨まれてた。彼の首にニフリートがむしゃぶりついていなかったら、俺がティボルに胸倉をつかまれていただろう。


「ごめん。ごめんて。俺の判断ミスだったよ。悪かった。これ、貸しでいいから」

「言ったな。これ、マジ貸しだからな。ほんっとに取立てっからな!」


 食堂。

 小麦の匂いが薄いバケットと、俺の作ったカレーの残りで間食する。


 俺とティボルだけ返り血で服が汚れたままだが、食欲はあった。

 せめて着替えたいところだったが、食事を済ませ次第、ダンジョンを出る。


〝混沌の魔女〟出現は、カラヤンに早く報せておくべきだと思ったからだ。


「おお。やっぱりここだったか。騒々しいからすぐにわかったぜ!」


 胴間声でがなり立てながら、マクガイアが入ってきた。

 陽気な口調に対して、目は緊張を帯びていた。


「何ですか。急ぎですか?」

「ああ、翡翠荘が交戦に……って、おめぇらひでぇナリしてんな。何があった!」


「俺たちのことよりも、翡翠荘が襲撃されたんですか」


 予想の範疇だったが、ニフリートの手前、知らなかったフリをする。


「ああ。ついさっきな。しかも双方〝Vマナーガ〟を出してのガチンコらしい」

「その報せ。ここにどうやって連絡が?」


「モールス信号だ。随分昔に枯れた地下水脈に敷設してあんだ。〝Vマナーガ〟が使用された時だけ連絡が来ることになってた。整備班よぶためにな」


「〝Vマナーガ〟は、あの〝龍〟以外にも機体があったのですか?」


 ドワーフは肩をすくめた。


「陸戦用の旧式だがな。元は砕石用作業機械だったのを対徨魔に改造したんだ。動力はマナ鉱石燃焼炉でな。地上だと四、五時間で燃料切れになるポンコツなんだが、それ二機でスモウを取りゃあ、ティミショアラくらい破壊するのは簡単だ」


 ティボルが無言で、俺を見据えてくる。

 俺の予想通りの展開になっているので、解決策があると踏んでいるのだろう。

 だが〝 Vマナーガ〟の存在は俺の予想にない。あるわけがない。


「報せてくれてありがとうございました。食事が済んだらここを出ます」


「出るっ? いや、待ちな。……まいったな。オレはそういうつもりで報せたんじゃねえんだが」


 髭をしごきながらドワーフが苦笑する。


「どうせ、ティコとヨハネスの喧嘩だ。お互い殺すとか息巻いてみても、元は幼なじみだ。ティコがヨハネスに勝った試しもねえしな。ほっときゃいいのさ。それより翡翠龍[プリティヴィーマ]の整備が終わった。ちょっと見せてやろうと思ってな」


「是非っ!」

 俺たちは立ち上がった。


  §  §  §


 目覚めた〝龍〟は、主人が近づくと、鎌首をもたげてこちらを見た。


「こ、こいつ、勝手に動いたぞ」


 ティボルが声をおののかせて叫んだ。

 画竜点睛。息を吹き返した〝龍〟は、ひとみが入ったことでなお一層、婀娜あだめいていた。


 鱗こそあるが、地を這うだけの爬虫はちゅう類ではない。龍は、龍なのだ。


 ニフリートは、まるで長年の友人の再会を喜ぶように近づき、頭をすり寄せてくる流線型の顔を撫でてやる。


「やっぱり主人がわかるのかねえ」オルテナが俺の背後で言った。


「これの駆動時間は?」

「戦闘で被弾しなきゃ、五〇〇年」


「はあっ!?」俺はすっとん狂な声をあげて振り返った。「塩化チオニルリチウムバッテリーは、最長でも二五年くらいでしょ?」


「バッテリーはあくまで初期発電スターター用だ。コイツはもう動き出して自稼発電が始まってる。しかも蓄電効率、消費電力効率が怖ろしくいい。動いている間でも、リチウムは取り替えれば済む話だ」


 嘘だろ。なんなんだよ、それ。今までのライカン・フェニアの大義も、俺の苦労も、その点火プラグ程度だったのかよ。


「お前。今、点火プラグ程度だって思ったろ」

 オルテナはジロリと俺を見上げてきた。


「ええ、思いましたね。大山鳴動してネズミ一匹を見た、感じです」

「はっ。大げさだね。けどな、その逃げたネズミが戦争や病禍を連れてくることだってあるんだ」


 俺は長いため息をついてうなだれつつもうなずいた。それからお互い沈黙して、俺から切り出した。


「一応、設計者の名前。聞いていいですか?」

「ニコラ・コペルニクス──ってことになってる」

「なっている?」

「引き継いだのさ。情夫カレシからね」

「名前は?」


「ガブリエーロ・ガリレイ。彼女の前の主席博士研究員で、宇宙ロボット工学のオタクさ」

「のう! もう乗っても良いか?」


 おひい様がワクワクに笑顔を輝かせて訊いてくる。

 ドワーフ三兄妹は肩をすくめ、俺を見る。ティボルも心配そうに、俺を見る。

 その判断を俺にさせるのかよ。


「おひい様。頼みがあるんだ」

「なんじゃ?」


「今、翡翠荘でムトゥさんが誰かと喧嘩しているらしいんだ。おひい様、今からそれに乗ってやめさせてきてくれないかな」


「なんじゃ、そんなことか。良いぞ。任せるがよい!」


 勇ましく言い置いて、ニフリートは龍の胸許に飛び込んでいった。

 自らの意思なのか胸許のハッチが自動的に開き、少女を取り込む。

 やがて〝龍〟は、復活を誇らしげに長首を屹立させた。


 獣のような咆哮はない。代わりに今まで眠っていた関節を伸ばすようにミチミチと伸縮する人工筋肉の音を聞いた気がした。


〝Vマナーガ〟[プリティヴィーマ]が格納庫デッキから開いた搬出口に立つ。

 そして、バサリと左右に翡翠色の翼膜を広げ、地面を蹴った。


 一瞬、俺たちの視界から消える。

 それからややもせず、巨大な竜影が月の出た未明の夜空へ舞い上がった。


「おお、飛んだあ! ……うおおぉおおおおっ!」


 白い息を吐き、マクガイアとマシューが拳を掲げてガッツポーズする。

 野太い歓声を聞きながら、俺はふと不安に襲われた。

 目覚めさせてはいけない火種を目覚めさせた気がしてならなかった。


 緑に輝く、その飛影が、あまりにも美しすぎたから。 

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