第19話 婀娜(あだ)めく龍となるために(19)
「ふむ、これは実に良いな……」
ショットグラスに注いだジュニパーベリー酒をあおって、ヘレル殿下の表情にようやく笑みが浮かんだ。ペルリカ薬酒堂で俺が割引購入した物だ。
さすがにマナまで不足して、俺の動き全体が鈍りだした。
ここらで休息と補給をかねて作戦会議〝飲み会〟とする。
飲み会場は、ライカン・フェニアのオフィスだ。
狼男。上位精霊。ドワーフとファンタジー色の強いおっさんが揃って、酒を酌み交わす。
マクガイアを誘ったら、当然のようにマシューとオルテナもついてきた。ドワーフの酒好きは有名だ。帰りの荷物が軽くなってむしろ助かる。
が、ジュニパーベリー酒は薬臭いと、ドワーフたちは早々にライ麦の蒸留酒を独占しだした。
殿下はマナにしか興味がないので、好嫌一致。まあ良しとする。
ちなみに、俺はコーヒーだ。この世界で、酒よりもコーヒーをキメる。
「しっかし、フェニアもヤキが回ったなあっ」
マクガイアがグラスをあおって、酒気といっしょに吐き捨てた。
「けどのぅ、兄貴。わしらより先に【第13階層】へ入ったヤツらが全滅っちゅうことは、わしらでも勝ち目はありゃあせん──」
言い終わるのを待たず、マシューは兄にどやしつけられた。哀れな弟はグラスを持ったままもんどり打ってノックダウン。オルテナはゲラゲラ笑っている。ドワーフ三兄妹の日常風景らしい。
「【第13階層】の彼らは、あそこで何をしようとしていたんですか」
俺が訊ねる。ドワーフはむっつりと押し黙ったまま。
仕方なく、俺が蒸留酒のボトルに手を伸ばすと、それにあわせてマクガイアがボトルを自分に引き寄せる。
「おめぇの前の世界に、ビデオゲームってあったか?」
「ビデオゲーム? ええ、まあ。RPGとかシューティングとかってジャンルの、アレですよね」
欧米では据え付けゲーム筐体全般をビデオゲームと総称する。
「ああ。そのデータ保存で、〝セーブ〟ってヤツあっただろ」
「ええ。ありますね」
「あいつらは、それを破壊しようとしてたのさ」
俺は首を傾げた。
「つまり、自分達のオリジナルを破壊ってことですか?」
「違うちがうっ。……おい、オルテナ。こいつにどう説明すりゃあいいんだ?」
「えー、あたいぃ? そんな面倒なの、フェニア起こして説明させれりゃあいいだろ」
「ばか。フェニアは研究員だろうが。どうせ守秘義務とかなんとか言いくるめて、大した情報をコイツに与えちゃいめぇ。コイツにこれ以上この辺うろちょろされると、オレ達の仕事が増えんだよ」
「ふっ。確かにな」
油田皇子が楽しげに同意してくる。あんまりだ。
オルテナは不承不承を顔面に出して、軽く舌打ちした。
「さっきのガイ兄ちゃんの続きでいいだろ。ウチらのオリジナルには、生命維持の他に蓄積情報が書き込まれていくわけだ。わかる?」
「わかります。複製体が外で動き回っている間の経験情報ですよね」
「そ。でも、その中で戦闘に関するモンは削除されて送り込まれる。当然だ。痛い思いや死んだ殺した瞬間の記憶があったら、脳に負荷がかかりすぎるし、目覚めサイアクだ」
「ええ。わかります」
「だけどオリジナルの脳って、機械仕掛けじゃねぇんだ。他の記憶と無意識につなぎ合わせて勝手に答え出しちまう。気づくと『これで死んでたの何度目だっけ』とかな。ニューロンって電気信号の強弱であっさりくっつく細胞だし」
「はい。脳は予測や推量ができますからね」
俺が蒸留酒のボトルを持って、彼女のグラスに酌をした。
「そゆこと。だからさ。オリジナルの脳には少しずつ、慢性的に負荷がかかってた。んで、その状態のまま複製体を造っちまうと?」
「当然、負荷がかかった情報過多状態の複製体が生まれますかね」
「へぇ、わかってんじゃねぇか。だからさ、おめぇが見た死体の山はよ。その複製体からオリジナルに情報を送り込む演算処理済の情報パケットのグレードを下げる手続きをとろうとして、返り討ちに遭ったわけ」
「破壊ではなく、グレードを下げる? その手続きをするためだけに、あれだけの死体の山が?」
「蓄積情報量の細かい演算操作は、艦内規則の禁止事項。補則第何条だったかまでは忘れた。〝パンドラシステム〟の情報閲覧権限とは別に……なっつたかな。管理者権限ランクAとかBとかってやつだったと思うぜ。たぶん。
その特別の専門資格がないと、あの【第13階層】のカテドラル
「彼らには、その権限がなかった……。では、誰ならあるのです?」
「知るか。でもまあ、龍人であるズメイ家は当然、堅てぇ。あとは、情報統括主席書記官のティコ・ブラーエ。保守管理局主監のヨハネス・ケプラー。あとはぁ、んー、主席博士研究員だったニコラ・コペルニクスとかも、その辺?」
「設計者のライカン・フェニア博士に権限は与えられなかったのですか」
「そっちの事情は畑違いだからよく知らねー。噂だと、〝
「そうですか。……あ、ナッツはいかがですか。麦芽糖で固めたものですが」
「な、なんだよ。そんな物で、あたいを釣ろうとか……無駄だからなっ」
もごもご言いながら、携帯食料を受け取ってすぐ羊皮紙の皮を剥いて食べ出した。
食欲に正直な人は嫌いじゃない。俺は立ち上がった。
「狼頭。行くのか」
好奇心旺盛なヘレル殿下が、何杯目かのショットグラスを乾して言った。
「一緒に来てくれますか?」
「うむ。行こう」
「おめぇ、何か策はあんのかよ」
マクガイアが不安そうに俺を見上げてくる。
「策というか。オイゲン・ムトゥ家政長の筋書き通りに話を進めるだけですよ」
あの爺さんの手のひらの上で踊らされてる感じが癪だけどな。
「オイゲン・ムトゥだぁ? マジかよ。おめぇら……そうだったのか。今ごろあの人も重い腰を上げたんだな」
「マクガイアさん、プーラという町を知ってますか」
俺は言った。
「あん、プーラ? まあ、商用で年に何度か。それがなんだってんだ?」
「その町から北へ二キール行ったところにペロイという村があり、そこで俺は見ましたよ」
「ペロイ? ……なにを見たって?」ドワーフは訊ねてから酒をあおる。
「[SACー003]です」
マクガイアは酒を見事に霧状に噴きだした。
マシューがびっくりした勢いで起き上がってきて、オルテナもナッツバーを口に突っこんだまま目を見開いた。
「なんだとぉ?」
「〝Vマナーガ計画〟とは、あの四頭の〝龍〟のことでいいですよね。なら、ニフリート・アゲマント機の発艦準備をお願いします。
「の、狼煙っ? 戦闘か?」
「いいえ。戦うのではなく、徨魔をもう一度考え直すための狼煙です」
ドワーフ三兄妹は顔を見合わせて、狐にでもつままれた顔をする。
俺は油田皇子を伴ってライカン・フェニアのオフィスを出た。
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