第5話 婀娜(あだ)めく龍となるために(5)


 執政庁執政書記編纂室。


 ティミショアラ執政庁の地下にあるワイン倉ほどの広い書庫だ。

 そこに、オイゲン・ムトゥの名の下にランタン六灯を持ち込んで、俺はダンジョン調査記録の閲覧に立ち入った。


 周囲に調査補助者とは名ばかりの監視官が四人。


 食卓テーブルほどの大机に大鉄皿に載せられた羊皮紙や革紐でひとまとめにされた羊皮紙が載せられていく。それらを片っ端から読んで情報を整理し、自分のメモ帳に書き写していく。


 ダンジョン№13【蛇遣宮】ミィオーセス。〝ナーガルジュナⅩⅢ〟と記載された資料はどこにもなかった。


 まあ、ダンジョンの名前に意味などないし、二つあっても煩雑なので一つに統一したと見た方が自然だろう。


【蛇遣宮】の発見は、東方暦以前。

 建国を語る上での付随的エピソードとして登場する。〝試練の窟〟とよばれ、正式に名称が記録され始めたのは三〇年前。鎖国と同じ時期だ。


 龍公主の存在は、初代大公サルコティアが悪竜ハラの討伐神話までさかのぼる。

 大公を補助した竜姫との間にできた四姉妹を代々守護神として主要都市の象徴におくことにしたらしい。


 なぜ男子ではないのかが気にかかったが、後世の考察には聖女伝説や巫女信仰などの例が挙げられていた。

 その一方で、〝稀形信仰〟には触れられていなかった。


〝稀形信仰〟

 原始信仰の一種で、生まれた子供の先天的欠損を神との取引代償とみなし、現人神として特別視する土着型民間信仰だ。


 俺のいた世界であれば、一本蹈鞴だたら(一眼一脚)や両面りょうめん宿儺のすくな(二頭四腕八脚)などが神格化されて地元民に祀られていたりする。


 この国での龍公主は、四人とも先天性四肢欠損症の女児が選ばれて、大公が養子縁組し、国家的守護神として祀り挙げられている。もちろん元親には莫大な好待遇が保証される。


 龍公主象徴説解明のヒントは、ここへ来るまでの馬車の中で思いついた。


 あの義手と義足だ。つまり、龍公主が先天性四肢欠損症だったからではない。歴代の龍公主があの義肢をつけていたことから、先天性四肢欠損症の少女達が選ばれるようになった。

 そう考えたら、〝Vマナーガ〟という[機体]がなんなのかが気になってくる。


 空を飛ぶらしい。そして九歳の少女では操縦は不可能らしい。

 でもニフリートには才能があったのか、飛ばせることができたらしい。

 となれば、考えられるのは一つだろう。


 戦略航空機だ。だが、その資料もここにはない。かなり厳重に秘匿管理されている。


 あの緑色の鱗が本当に神経伝達デバイスなんていうSF小説まがいの高度知覚装備なら、これから俺たちが向かうダンジョン設備の〝毛色〟も予想はつく。

 予想はできるが、具体的な対策はたぶん俺にも手に負えなくなってくる。


 前世界。同じ職場で〝ラッキーマン八木〟と通称された同僚が無類のSFロボットオタクだった。彼に聞けばもっと真相に迫れたろうが、今はもっと真剣に聞いてやってればよかったと後悔しかない。


 話が本題から逸れた。


【蛇遣宮】はとにかく、そういう〝施設〟──軍事医療科学実験プラントだと思う。

 しかも宇宙ステーション規模にでかいヤツ。


 こんな異世界ファンタジーにどうやってそんな〝異種SF〟が紛れ込んだのかは知らない。三〇年前にようやくその事実に気づいた公国人がいたのだろうか。真実が明るみに出る前に情報が流出しないよう壁で囲んで冒険者を閉め出したのだ。


 この先入観で資料にアプローチすると、怖ろしくセキュリティの高い研究所なのかもしれないとわかってきた。少なくとも軍事系施設と推測したわけだ。


 しかも、おそらくコイツはまだ生きて、機能している。


 公国が大規模な調査隊を送り込み、プラント施設内の警戒レベルを最高ランクの【臨戦態勢】まで引き上げさせてしまったのだろう。


 その後、調査を繰り返すうちに施設の警戒レベルに条件付けがなされて、セキュリティAIに侵入者の身体的特徴が記憶されてしまったとしたらどうだろう。


 公国兵は『警備員に目をつけられた常連キモ客』状態にあるのではないかと推察。

 でなければ、過去一五〇年間六三回にわたる潜入調査で、概算のべ三万人という笑えない数のダンジョン遭難者を出すことにはならなかったと推測できる。


 裏を返せば、その中で十六回の生還を果たしているムトゥ家政長は、国民的英雄と言っても過言ではない。

 もちろん、そこにタネがなければ、の話だが。


 記録上、階層は深いところで第28階層。ここ三〇年では第17階層までが限界のようだ。生態スーツがあるとすれば、この辺なのだろう。


 また、当たり前なのかもしれないが、ウルダが潜入して亡父の遺体を奪還した記録はなかった。消された記録とは別に、ウルダの体験が侵入への鍵なのかもしれない。

 しかし当時十歳にも満たない少女がよく父親の腐乱遺体を持ち帰ったものだ。


(いや、待てよ……)


 昨日。帰郷を果たしたウルダには、温度差があった。

 周囲の人たちからのじゃない。ウルダ自身の対応だ。


 宿屋の女将には、親しみを。

 迎えの兵士には、沈黙を。

 そして、ムトゥ家政長には……。


 ウルダは〈串刺し旅団〉創設メンバーの娘。ムトゥ家政長と直接の面識もあった。そのことはムトゥ家政長自身が会話の中で認めている。


 生還十六回を数えるダンジョンの英雄が、〈串刺し旅団〉の頭目が、幼いウルダの亡父奪還を止めきれないことがあるだろうか。

 冒険者になりたい子供を必死で止めた親達のように。


 いや、止められなかったんじゃない。止めなかったのだとしたら?

 そして、ウルダはニフリートの血縁上の姉。

 ムトゥ家政長自身は、ウルダの妹を養育中。

 もしかして──。


「まさか旅人に、ここまで入ることを許してしまうとはな」

 薄暗い地下室で、爽やかな声がすべり込んできた。

「ご老体も何を考えておるのやら」


 若草色の法衣をまとった三〇代の男性だった。供に騎士を二人つけていた。

 監視官達が、その姿に踵を鳴らした。


「どちら様でしょうか」

 俺が訊ねると、監視官連中がギョッとした。知らないものは知らない。

 法衣の青年は軽くうなずいて、穏やかに微笑んだ。


「ティミショアラ宰相カリネスコだ」


 俺が名を名乗ろうとしたら、手で制された。


「名前は生きてダンジョンから出て改めて聞くこととしよう。その時にいろいろ話もしたいのでね。この場では、私の頼みを聞いてもらいたい」

「命令ではなく?」

 俺の皮肉に、法衣の青年はクスリと笑った。


「君がこの町の市民であればそうしよう。だがこの町の市民になる気はないのだろう?」

「それもダンジョンから帰って考えます」


「結構。では、上がってきてくれたまえ。貴賓室だ。会ってほしい人達がいる。私より形式上の位は上司にあたるから、あまり待たせぬように」


 言いたいことだけ言うと、宰相カリネスコは降りてきた階段をまた上がっていった。そんな言づてなら、傍仕えにでも頼めば良かったのに。

 それとも俺の顔を直接確認したかったのか。そもそも、人に会わせたいのではなく会って欲しい要望。行き先だけで、みずから案内する気はないらしい。

 この塩対応……何かあるな。


「おい。何してるっ。さっさと行けよ!」監視官が苦り切った声を出してきた。 


「話を聞いても、またここに戻ってこれる保証はありませんから。もう少し調べたいことが……」


「なに寝ごとを言ってるっ。宰相様の上と言ったら、龍公主と大公陛下しか残ってねえんだっ。つべこべ言ってないで、早く行けっ」


 野良犬でも追い払うように手を振られて、俺は渋しぶ地下を出ることにした。

 別の監視官二人とともに地上へあがると、午前中に入庁したはずなのに外はすっかり日暮れていた。


 腹へったなあ。帰りに商店街によって何か腹にたまるものを食べたい。


 そんなことを思いながら長い廊下を歩いて突き当たりの、貴賓室に入った。

 そこで待っていたのは紳士淑女の集いではなかった。

 麝香じゃこう立ちこめる広間。黒・赤・銀の三色騎士による沈黙のにらみ合いだった。


「行動が遅いっ! 何を今までチンタラしていましたのっ!」


 少女の声で母親みたいに叱られた。長い黒髪に黒い瞳。小学六年生くらいの少女。


「エリダ姉。遅い言うても。予定の四、五分やん。堪忍したりぃ」

 赤髪に褐色肌。瞳は赤褐色の小学六年生女子。


「なんや、お腹すきましたなあ……」

 そして銀髪碧眼の小学五年生くらい。今の俺と一番意見が合いそうな少女がしょんぼりしていた。


 なんだなんだ。上座に子供ばっかり。ここはロリコン鑑賞会場か。


「あの……」

「何も言わなくていいわ。こちらから言うことは一つだけだから」

 黒髪黒眼のちびっ娘が大きな扇をぱたりと閉じて、俺の顔をさす。


「わたくし達も、ダンジョンに入ります! そのつもりで準備なさい!」


 前から来た横暴を、俺は後ろへ受け流す。

「え。それは構いませんが。ときに保護者は大公陛下でしたよね。保護者の同意署名を添えたダンジョン調査参加申し込み書の提出は、ここの宰相にお済みですか?」


 えっ!? 三人の少女は互いの顔を見合わせた。


「そっ、そんなものが必要だというのっ!?」

「わんこ。そないなけったいな話、今まで聞いたことあらしまへんでぇ?」


「ええ。今から必要になったのです。なので提出が済み次第、またご連絡ください。それでは」


 俺は一礼すると、貴賓室を出た。


「おい、お前。ダンジョン潜入に大公の許可なんて……聞いたことがないぞ」

 後ろから監視官がぼそりと言った。


「でしょうね。俺は役人ではなく、旅人ですから」

「い、いいのか。龍公主を騙したとわかったら、首が飛ぶぞっ?」


「ご心配なく。今回のダンジョン調査は、ムトゥ家政長から俺に一任されています。俺が必要だと言えば必要。無理だと言えば無理なんです」

「うっ……だが、しかし」


「また地下で調べ物を続けます。俺が帰る頃には、あの方々も諦めてこの庁舎から寄宿館に戻るでしょう。というわけで、調べ物が終わるのは夜遅くになりそうです。皆さんは交代で食事を摂りに行ってきてください」


「う、ううむ……了解した」


 その後。食事を摂りにいった監視官たちから、あの三色騎士達が町中を駆け回って俺を探していたという報告を聞いた。


 やはり宰相は俺の居場所を彼女らに報せていなかった。つまり、消極的行政協力にとどめた。各龍公主、とりわけ翡翠龍公主との連繋が取れていない。あの宰相が意図的にそうしているのだとしたら、ムトゥ家政長とは道ならぬ仲らしい。

 それでも彼女たちは自分達の家政長にも相談せず、抜き打ちで参加しようと押しかけてきた。なぜだろう。


 そんなことより、あのぼそぼそ話す監視官が、俺のために〝ミティテイ〟という豚肉の焼きソーセージと〝ソカタ〟というレモネードに似た味の発酵ジュースを買ってきてくれた。いい人だったので、代金にもちょっとイロをつけた。

 結論として、収穫がないわけではなかったが、仲間を守るための情報としては満足のいくものではなかった。


 やはりダンジョン内部の地図、内部絵、各階層の探索日誌等が恣意しい的に消失していた。情報漏洩防止を意図した防衛策にしても、ここまで神経質に排除されているのは異常だ。

〝ナーガルジュナⅩⅢ〟の内部を知られたくないという警戒心が、俺の予想をはるかに上回っていたようだ。


 あとは翡翠荘に戻って、ウルダが描いてくれる内部絵をアテにするしかない。

 そして、ムトゥ家政長にもう一度計画段階から訊ねるほかないらしい。


 仲間を一人たりとも死なせるものか。

 俺の思いを、あのダンジョンの秘密を守ろうとする誰かの頑なな思惑が邪魔をする。

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