第5話 灰髪のウルダ 後編


 その波止場は、灯台がある。

 灯台は石造りの六角やぐらで、さほど高くなく、最上部に灯明窓があった。

 俺が普段、石けん薬を造っていたのとは違う場所だ。


 彼女は、その櫓の屋根に登って背を向けていた。


 簡素な白いワンピースをカーテンのように横へなびかせて。右の細腕には見慣れたはず魔導具が、少女を日常から切り離していた。


 そうして、やっぱりその灯台の下に、あの人もいた。


 カラヤン・ゼレズニーは、抜き身の剣を肩に担いで仁王立ちしていた。

 対峙しているのは四人。既に二人がカラヤンの足下に倒れている。


「やあ」

 俺が後ろから声をかけたら、四人全員がふり返った。

「また会ったな。リーダーの指示なのかい?」


 四人の表情に明らかな動揺を見せた。

 俺は無警戒にどんどん歩いて寄っていく。そのうちの一人がたまらず、俺に突っこんできた。


 鼻先に刃が届きそうになる直前、俺はそいつの前から消えた。

 懐にもぐり、胸倉を掴んで素早く腰を跳ね上げる。相手と呼吸さえ合えば、力なんていらない。

 言うまでもないが、地面はただの石積みをコンクリートで固めただけの〝凶器〟だ。


「ぐはっ。ぐぎゃぁああああっ!」


 聞くに堪えない悲鳴を上げて、男は昏倒した。

 中学生の体育時間みたいに頭から落とすようなヘマはしないが、背骨はやったと思う。


「パラミダの時は、随分、日和見ひよってくれたんだってな。その時の礼はさせてもらうか」


 前門の虎(無毛)、後門の狼(自前)。

 三人は進退きわまった様子で密集隊形を取る。


 そこに、灯台から影が動いた。


 屋根から鉤爪ハーケンを地上に撃ちこみ、重力を裂くように急速降下。〝梟爪〟の名を体現する静寂の急襲に虚を突かれた三人が立て続けに頭を蹴られ、ほぼ同時に海へ落とされていく。


「狼、なんでここに。お前もこの子が目的か」

 剣を納めながら、カラヤンが近づいてくる。

 俺はうなずきつつも、カラヤンの視線が少女から目を離さないことに気づいた。

 目が艶っぽく輝いている。

 また出たぞ、〝人材欲しがり病〟が。俺にはわかる。

 だがこれはこれで、ラッキーかも知れない。追撃しよう。


「ウルダだね。スコールとハティヤが君を心配していたよ」


 俺が声をかけると、灰髪の少女は申し訳なさそうに唇に力を込めると、うなずいた。


「それと、二人の伝言で、君には死んでほしくない。生きてて欲しいって」

 ウルダは目を見開き、それからまたうつむいた。


「もう……海が見れたから、それでよかったのに」

 少女は抑揚のない玻璃ギヤマンすずの声で言った。それきり、ぽろぽろと涙を流した。


「カラヤンさん。この子はシャラモン家にできた友人なんです。どうにかなりませんか」

「満額回答は期待するな」即答だった。しかも、やけに偉そう。


「お前に、おふくろから〝褒美〟の打診がある。そいつをこの娘の助命嘆願にしろ。そうすれば、あとはおれがなんとかしてみる」

「わかりました。それで構いません」


 俺がうなずくと、カラヤンも頷き返す。それから灰髪の少女を見据えた。

「なぜ殺さなかった。仲間だからか?」


 ウルダは愛想なく少しだけ肩をすくめた。

「別に。ハティヤから借りた服、汚したくなかった」

「ほう。お前にも守りたい物があるんだな。見込みはありそうだ」

「……?」


「旦那、あそこで浮いてる連中はどうしやす?」ティボルが海を指さした。


 カラヤンは面倒くさそうに海面に浮かんでいる三人の海カッパを睨んで、


「お前ら、ウルダに感謝しろ。次はねぇからな。そこの三人も片しとけよ」

 扱いが、雑っ。


   §  §  §


「なあ、ボウズ。あの娘は誰の指示で、うちの親を殺そうとしたのかねえ?」

 自宅。

 長テーブルに腰かけて、アンダンテは大部屋のドアの間から顔を出す子供たちを一瞥した。

 襲撃は玄関先で阻止できた。まさに害意でドアを掴もうとする瞬間だった。


「お前らっ、オレのうちに何の用だ!」


 白昼の襲撃者は行商人風の男二人。非力な子供を殺すだけと見くびったようだ。

 そこから先は、アンダンテが手を出すまでもなかった。

 無言で曲剣を抜き払った大人二人を相手に、スコールが体術だけで制圧した。

 長兄カラヤンから薫陶を得ているだけあって度胸もよく、粗削りだがよく練られた体捌きだった。成長期だから鍛えればまだまだ伸びる。


 アンダンテのやったことは襲撃者を縛る手伝い。それと、お茶を所望した。


 スコールから「今そんな場合かよ」と白けた顔をされたが、アンダンテは気にしない。この町にいる間、大体のことは兄達がまとめてくれるだろう。集合場所も〝爆走鳥亭〟だとわかってる。

 正直、あの理屈屋の神父さんは苦手だ。モデラートに任せたい。


「え、なに?」

 キッチンで薪に火をつけながら、スコールが振り返った。


「だからよ、あの娘が、うちの親を襲った理由だよ」

「知らねーよ。それがあいつの〝仕事〟だったんだろ?」

「まあ、そうだがねえ」


 やはり狼頭みたいに打てば響く感じはないか。


「でも……。そういえばさ」

 薪コンロから立ち上がり、ケトルに水を入れながらスコールが言う。


「婚礼の二、三日前だったかな。あいつ妙なこと言ってたんだ」

「妙なこと?」


「オレ、夜に〝梟爪〟で町の上を飛ぶのが好きで、やってるんだけど。そしたら偶然、屋根の上であいつに会ったんだよ。膝抱えててさ」


「夜のうちの仕事の下見でもしてたのかい」

「あー。どうだろう。たぶん、そうかも。でさ、あいつがぽつりと変なこと言うわけ」


 ──あの宿で、眠りたくない


 頭をぶん殴られた気がした。アンダンテはイスを蹴って立ち上がっていた。


「おい、ボウズっ。いくぞ!」

「行くって。今、火をつけたところだって」

「だったら、すぐ始末しなっ。こいつぁ面倒なことになりやがったぜ。今、狼頭たちが〝爆走鳥亭〟に着く前に合流して、兄貴と狼頭に策を練らせねぇと闇から闇だぜ」

「はぁ? ったく……自分で策は出さねーのかよ」


 飛び出していったドアに向かって、スコールは肩をすくめた。

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