第4話 灰髪のウルダ 前編


「〝梟爪サヴァー〟を盗まれたあっ?」

 走りながらの俺は、となりに聞き返していた。

「それって自宅からだよね。盗んだ相手の目星は?」


 スコールは真面目な顔で押し黙る。どうやら目星どころか犯人を知っているらしい。


「スコールっ。はっきり言ってくれ。でないと俺もわからない」

「……返すって」

「なんだって?」


「あとで、返すって」スコールは前を向いたまま悔しそうに言った。


「狼にはまだ言ってなかったけど、二日前。家の前に女の子が倒れてたんだ。十二歳くらい。魚みたいに真っ青な身体で、手や足の爪がどす黒く変色してた。先生が治癒魔法であっさり治しちまったけど、なんでこんなことになったんだろうって」


「じゃあ、その子のこと。神父やみんなとはもう話したんだね」

「うん」


 俺はスコールの腕を掴むと、人気のない路地に引き込んで足を止めた。


「なあ、スコール。もしかして、きみやハティヤは〝梟爪〟を盗んだ子を以前から知ってたりしないか?」

「え……っ!?」


「大事な魔導具を盗まれているのに、説明が落ち着きすぎてる」

「……っ」

「もしそうなら、婚約式のあった日。ハティヤはエディナ・マンガリッツァ暗殺未遂の現場を目撃していた。ハティヤはシャラモン神父にも黙ってたことになるよな」


「違う。オレたち、あの子の計画のことは全然知らなかったんだ。知ってたら全力で止めてた。本当だって!?」


「でも、拷問を受けた身体で家の前まで逃げてきた。だから家にいれたんだよな。シャラモン神父が、彼女が暗殺者だと知りながら治療したのも、君たちが彼女へ治癒魔法を頼んだからなんじゃないのか? 神父の、君たちへの信頼は絶大だからね。

 その後も、いや今も神父は拷問を理由にその子の引き渡しをマンガリッツァに突っぱねているよ。立派な人道的配慮だと思うよ。だから、ここではっきりさせておかないといけないのは、その子と君たちの関係だ」


「オレたちの関係?」

「うん。どうやって、あの子と知り合ったんだい」


 スコールは押し黙った。どう説明したものか考えているんだろう。そこへ、


「おーい。狼頭。ちょっと話をしねぇーかい!」


 アンダンテが声をかけてきた。胴間声がのんびりと呼び止めてくるので、むしろ恐い。俺は巨漢を手で招きつつ、スコールから目を離さなかった。


「……最初、ウルダがミーシャを連れてきたんだ」

「ウルダ……。ミーシャは、ロジェリオさんの娘さんだね」


 スコールは視線を下げてまま頷いた。


「ウルダが、ミーシャを仲間に入れてあげて欲しいって」

「いつの話?」


「えっと。三ヶ月くらい前。狼が石けんを作り始めたあたりから。ウルダもその時が初めてだった。ウルダは冒険者で、〝爆走鳥亭〟の客だって言ってた。遊ぶのは昼間だけで、夕方前には帰る約束になってた」


 その時間帯なら、会ったことはない。俺はうなずいた。


「それからウルダも含めて、みんなで遊ぶようになったんだね」


「うん。とくにハティヤがウルダと仲良かったと思う。齢も近いし、ウルダは最初冒険者だって名乗ってたから。ハティヤは冒険者に興味があったから、よく話してた。ウルダは自分から話さない性格でずっと聞き役だったけど、楽しそうだったよ」


「それを知ってる大人は? つまり、ウルダがミーシャを連れて君たちと遊ぶようになったことなんだけど」


「たぶん、ミーシャの母親のシャクティさんくらい、だと思う。あ、先生にもウルダを治療してもらった時、ハティヤが話した。だから二人だけ」


 俺はアンダンテを見上げた。


「ダンテさん。今からスコールと家に向かってもらっていいですか」

「待ってくれ、狼っ。この人はっ」


 少年の抗議を俺は却下した。


「敵はまず、ウルダを匿ったシャラモン家を狙うでしょう。あなたの力が必要です」

「あいよ。承知した」二つ返事だった。「おめぇさんはどうするかね」


「ウルダを探します。当然、彼女も口封じの対象でしょう」

「敵っ!? ウルダの敵ってなんだよ……っ」

「暗殺の失敗は、仲間からの粛清が待ってる」


 スコールはあ然として、次の瞬間、〝剣士〟の顔になった。


「狼っ、きっと波止場だ。あいつ、青い海が見てみたいから、って」

 スコールの目許にぷっくりと潮の大粒が浮かんだ。

「おれ達っ。あいつが悪いことしたってのは知ってる。でも死んでほしくないんだ。生きててほしいんだよっ」


 少年の熱い視線に、俺はうなずいた。面倒くさいトラブルに巻き込まれて〝悪態〟をつかずにはいられない。


「スコール、知ってるかい? このダンテさん。ウルダが襲おうとしたエディナ様の警備隊長だったんだ。それが失敗して、その役目を降ろされたんだ」

「おい、狼頭っ。……照れるじゃねえか」


 照れていいところじゃないよ。反省するところだよ。


「それなら、今の警備隊長、誰だと思う?」

「え……っ?」


「たぶん、カラヤンさんだ。──ですよね?」俺はとなりの巨漢を見上げる。

「カラヤンさんなら拷問までした手負いの少女を。もしかしたら、ウルダの命だけは助けられるかも知れない」


「狼っ」スコールの目が輝く。

「傾注っ」

 俺は声を鋭くして、みんなを手招きした。

「これより波止場周辺での交戦と、自宅襲撃の二面同時攻撃される可能性がある。よって、今から班を二つに分ける。

 自宅迎撃班──スコールとアンダンテ。波止場捜索班──俺とティボルと、たぶんカラヤン。各員、任務完了後。〝爆走鳥亭〟にて集合すること。以上。行動開始っ!」


 俺たち四人は無言で二方向に走り出した。

 ここで、俺は、もう一つの可能性をスコールに訊かなかった。


 ウルダは拷問部屋から脱出した後、なぜ〝爆走鳥亭〟に行かなかったのだろう。

 意図的か成り行きか。彼女にはかくまってくれそうな場所が二つあった。

 シャラモン一家とロジェリオ一家だ。


 彼女は、ロジェリオの娘ミーシャを連れてハティヤ達と遊ぶほど、ロジェリオ一家と親密な交流があった。

 暗殺失敗後。それゆえ拷問を受けて弱った身体を引きずってマンガリッツァ・ファミリーの追跡から逃れるため、無関係の彼らを巻き込みたくなかった。というのは、綺麗事だ。利用できるものはすべて利用する。それが生き残る前提条件だ。


 それならなぜ、ウルダはシャラモン家を選んだのか。

 シャラモン神父の推理は、間違いなくそこまで行き着いている。


 だからわざわざ〝爆走鳥亭〟で、モデラートと交渉の場を設けたのだろう。子供たちに血なまぐさい大人の事情を聞かせたくなかったこともあるだろうが、直接ロジェリオの反応が知りたかったのではないか。


 シャラモン神父は間違いなく、暗殺者ウルダとロジェリオ一家の関係を疑っている。

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