第17話 狼、布石をうつ


「カラヤン・ゼレズニーを、返せーっ! アスワン軍の不当を、許すなーっ! 

 カラヤン・ゼレズニーを、返せーっ! アスワン軍の不当を、許すなーっ!」


 木の皮を円錐えんすい状にまるめて作った拡声器メガホンを使い、三〇分ほどビハチ城塞に向かって帝国語で叫ぶ。


 もちろん、抗議街宣活動は俺だけだ。


 これを昼、夕方、夜と続けた。明日の早朝と朝にもやって、一クールだ。これを三クールやろうと思っている。三日間。結構しんどい。


 昼間と夕方にやって、城壁の上から見張り兵が集まって物珍しそうにニヤニヤしていた。だが、それが夜・深夜・早朝と続ければ、さぞお気に障るだろう。


「あっ」

 ハティヤが声をあげた。


 直後、馬車の横の地面に火矢が突き刺さる。城壁の上から男達の笑い声がした。

 俺は呆然と地面に刺さった炎を眺めた。


「意外に早かったな。──ハティヤ。よろしく」

「はーい。……一度外すと、癖になっちゃいそうでヤなんだけどなあ」


 のほほんとしたぼやきからの魔導弓ドラグーンショット。【風】ヴェチェル【水】ヴァダのマナを得て矢の飛距離は並の遠射よりも長い。


 ピュゥオオオオンッ!  ──パァン! 


 ロケット花火のような安っぽい金切り声とともに、矢は緑色と金色の尾を引きながら城壁を越える。矢は城壁の先、館の石壁に当たって砕けた。


〝鳴り矢〟だ。やじりの代わりに狼の牙で作った笛を取り付けた。

 たちまち東側の城壁の上に人が集まり、騒ぎだした。


「さーて。逃げましょね、っと」


 俺は手綱を返して、馬車をUターンさせた。すぐあとから後方でひゅんひゅんっとうなじが寒くなる風切り音が、馬車の尻をかすめる。


「マチルダさんっ、大丈夫っ!?」

「大丈夫ですよ。幌に火矢は届いてません」


 楽しそうな返事。後ろの幌カーテンめくって覗かないで、危ないから。


「ねえ、狼。撃ち返してもいい?」


「おやめください。お嬢様。戦争になってしまいます! あの人達と戦争するのはまだ先だからっ。今回は城壁の警戒を俺たちに引きつけて、東側からスコールの潜入と脱出を手助けするのが今日のお仕事!」


 東側は丘陵の斜面と森だ。まず人が昇ってこれそうなポイントじゃなかった。

 ゆえに西側で騒ぎ立てれば、東面の見張りの注意も引き寄せられた。


「ちぇー。あーあ。座学では私の方が上なのに、見せ場はいつもあっちなのよねえ」


 シャラモン神父が見てないところで、二人は何かにつけ張り合ってるらしい。喧嘩してるわけじゃないけど、ゲーム感覚に近い競争心だ。


 お嬢様がたはスリルがお好きで、じいやは困ってしまいます。

 朝ぼらけの空を眺めながら、俺はスコールが早く戻ってくることを願った。


  §  §  §


「さあ。いらっしゃいませ。美しいハドリアヌス海で採れたおいしいお塩ですよぉ。朝の元気にひと振り。夕食のおかずにもひと振り。

 セニの町から〈ヤドカリニヤ商会〉が運んできた美味しいお塩ですよぉ! 価格も他の商会よりお安くなっておりまーす!」


 二日目の朝。ツァジン。

 少し離れたところからマチルダの口上を聞きながら、俺とスコールは並んでいた。


「先生の予想通り、おっさんは南西にある尖塔の最上階の小部屋にいた」


 シャラモン神父いわく、貴族待遇の捕虜は本館から遠く、かつ高い塔に幽閉されるのだとか。ただトイレ付きで、夜間にカンテラなどの明かりも供給され、下級将校と同じ食事が与えられるのだとか。


「何してた?」

「逆立ち腕立てしてた。一六二七回目だって言ってた」ヒマか。


「何か言づてはある?」


「言づてっていうか、世間話した。メシはまずまずだが、ヒマだから早く出せ。だってさ。自分から捕まったくせに、この言い草だぜ?」


 スコールは師匠のものぐさに肩をすくめた。


「それから〝兵站へいたん〟が、そろそろあの城に運びこまれてくるらしい。時期までは分からなかったみたいだけど。六八もん? なんだってさ」


 俺は何度もうなずいた。世話係を早速手なずけて情報を引き出したらしい。


「六八門……多いな。もしかすると、ここ数ヶ月間のカーロヴァック戦に〝キャノン〟は使われていなかったのか」


 カーロヴァック城塞が堅牢であることは開戦前から知っていたはずだ。


 カラヤンが捕まった時、後詰め部隊はもうカーロヴァック手前に野営していた。あの中にも〝キャノン〟はあったかもしれないが、それにしてもやはり多い。


 青銅製の大砲はその重量から、確実に進軍が遅れる。本隊合流の遅滞をおそれて、雨期を推して慌てて輸送しているのか。


「あと、宝物庫は見つかった?」

「ううっ。それなんだけど、さ。それらしい錠前みたいなのが見当たらなくて」


「錠前がない?」

 スコールが羊皮紙を差し出した。俺が頼んで錠前を転写してきてもらった。


 転写はスコールも知らなかった。俺が普通の錠前の上から羊皮紙を押しつけ、木炭で凹凸を写し取って実演して見せた。日本では拓本たくほんとか言ったりする。


「でさ。ドアが六つあって、このドアだけ妙に凝った装飾だったから写してきた」


 羊皮紙に写し取られたのは、美しい幾何学模様の装飾の中に埋め込まれたダイアル錠だった。

 ダイアルは、くさび形文字。麻雀マージャンパイに似ていたが、数字か文字か判然としない。その下の紋様の中に巧みに鍵穴も隠してあった。


 扉の左右にそれぞれ一つずつ。右と左で鍵穴の場所が違う。片側の四ケタで解けたらそこだけ開く、というわけでもないだろう。


 ダイアル錠は左右統一で、カギ錠は左右別構造とは厄介な。


「スコール。お手柄だよ。これで間違いない。錠前が扉に埋め込まれているんだ」

「そっか。やっぱこれでよかったのか……」スコールは安堵の笑顔を浮かべた。「いやホント、おんなじような扉が並んでる場所だったから、てっきり別の部屋かと」


「あえて入口を周りと同じにしてるんだよ。防犯上の一環だろうね」


 指紋認証や網膜認証といった生体系の電子ギミックも厄介だが、人類叡智の結晶のようなアナログなカラクリも頭が痛い。しかも八ケタ。


「どう? 解けそう?」


「いやー、無理だね。お手上げ。意匠からしてこの地方のものじゃないし。この扉、アスワン帝国からビハチまでわざわざ持ち込んできたんじゃないかな」


 俺は羊皮紙をポケットにしまい、腰の革袋を引き寄せた。そして金貨七枚を取り出してスコールの前に差し出す。


「国家の機密情報を盗み出してくれたのに、報酬が少なくて心苦しいけど」

「いいよ。狼たちが陽動してくれたおかげで、スリルがあって楽しかったし」


 俺は彼の受領拒否を認めなかった。


「だめだ。しっかり仕事をしたら、きっちり報酬をもらう。これがカラヤンさん以来の鉄則だ。潜入の成功報酬、生存報酬だって入ってる。

 ハティヤにも二ロット払ったよ。スコールと同じように嫌がったけど、仕事は仕事だ。無理やり受け取ってもらった。次の仕事のためにとっておいて。そろそろ魔導具の消耗だって気になってるんじゃないのかい?」


「そりゃあ、まあ……」

 痛いところを突かれたのか、スコールはおずおずと報酬を受け取った。


「なあ、狼」

「なんだい」


「あいつ──パラミダにも、こうやって報酬払うのか?」

「払わないよ」はっきり言った。「そのための宝物庫だ」


「じゃあ、パラミダが、あんなヤツが一番得をするのか?」

「スコール。俺はそんなに甘い人間じゃないよ」

「えっ」

「これはハティヤにも誰にも言わないで欲しいけど、宝物庫はね。罠なんだ」


「罠……?」


「俺たちは、カラヤンさんを奪り還したら、さっさと城塞を出るつもりだ。だって、周りにはまだアスワン兵がたくさんいるんだよ? 五〇〇〇人もの相手を俺たちで全滅なんてできっこない。そうだろ?」

「そうだけど……あ、そっか。そんな中で宝物庫で金なんか漁ってたら……っ」


 俺はうなずいた。


「逃げ場は、ない。そのために宝物庫は必要なんだ」

「そっか。けど、それでもパラミダが逃げ延びたら?」


「二度と近づかない。彼はセニには戻ってこれない代わりに、危険な怪物になっていくだろう。よっぽど悪運か武運に恵まれて周りを巻き込んでいくんだ」


 パラミダの場合は前者だろう。悪に愛された人間は、しぶとい。

 俺はそんな気がする。

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