第304話 俺はJKの勝負に癒されたい
「ほ、ほんとに叩いていいの?」
「いいよ〜♪思いっきりやっちゃって!」
ハリセンを握りながら、叩くことを躊躇う御手洗さん。そんな彼女に笑顔で頭を差し出す神代さん。
この様子だけで、温泉と同じレベルの癒し効果がある気がする。まあ、叩いてかぶってジャンケンポンのルールとしては大ハズレなんだけど。
ジャンケンに勝ったのだから、思いっきり叩けばいいものを、御手洗さんは一度自分の頭を叩いてみてから、痛くないことを確認した上でのこのやり取りだ。
男子諸君の理想とするJKの戦いというのは、きっとこういうのを指すんだろうな。間違っても1回戦のようなものであってはならないと思う。
「じゃあ……いくよ?」
「リコちゃん、かかってこい〜♪」
おそるおそるといった風に振り下ろされたハリセンは、神代さんの頭に届くことなく、パシッと真剣白刃取り的な構えでガードされた。
「うぅ……止められちゃったぁ……」
「ふっふっふ……ユアちゃんには止まって見えたよ」
「さ、さすが悠亜ちゃん!」
いやぁ……和む。ルールガン無視してるけど、もはやヘルメットの存在意義が見当たらないけど、それでもまだ心が浄化されていく気がする。
……でも、なかなか決着が着かないのは考えものだったな。両方ともが手加減しすぎる上に、お互いに独自のルールを作ってしまうから、途中から全く別のゲームになってたし。
どうして俺が2人を追いかけて、おしりをハリセンで叩くゲームになったんだろうか。
まあ、決着が着いたからそこはいいんだけど……それ以前に、女子高生が男から楽しそうに叩かれるという絵面がまずい気がして仕方がなかった。
楽しさの前提として痛くないことがあるにはあるんだろうが、喜ばれると俺もどう受け止めていいか分からないんだよな。
とりあえず、戒めとして結城に俺のおしりを叩いておいてもらった。どうかこれで勘弁してくれ、神様。
「えっと、2回戦の結果は……」
「私が12回、悠亜ちゃんが8回叩かれたので、私の負けですね!えへへ♪」
トーナメント表に結果を書き込む結城へ、後ろ頭を撫でながら照れたようにそう伝える御手洗さん。
「合計20回叩いた変態が優勝……っと」
「待て、何を書きやがった」
3回戦をすっ飛ばして俺を優勝させようとする結城から鉛筆を取り上げる。こいつ……『エロ斗』って描きやがったよ。
「女子高生のおしりを追いかけて楽しんでたのに、よく否定できますよね」
「表現が間違ってないところが地味にグサグサくる……」
消しゴムで名前を消してやると、結城は可哀想なものを見るような目で俺を見てきた。無理矢理太もも見せようとしてきたやつがよく言えるよな。
俺と結城がそんなやり取りをしていたからだろう。
「関ヶ谷さん、楽しくなかったんですか……?」
御手洗さんが不安そうに聞いてきた。そのうるっとした瞳を見るだけで、なんだか申し訳ない気持ちにさせられる。
「お兄さん、楽しくなかったんだぁ……」
追撃するように神代さんまでガクリと肩を落とす。この2段攻撃を受けてもなお、冷たい態度を取れる男子なんてきっと存在しないだろう。
そう思った時には、俺は畳の上で土下座していた。
「違うんだ!楽しかった!すごく楽しかったんだ!」
額を床に擦り付けるようにする俺に、「ほんとですか……?」と聞き返す御手洗さん。そしてこっそりと足裏をこちょこちょしてくる結城。やめろ、そこ弱いから。
「本当だ!」
「なら、『JKのおしり追いかけるの最高』って言ってください」
「JKのおしり追いかけ……って、騙されてねぇよ?魅音」
割り込むように要求してきた魅音に、一瞬騙されそうになったが、よく考えたら御手洗さんがこんな卑劣なお願いをするはずがない。
もしもしたとしても、俺はきっと裏に何か組織の力を疑うだろう。
「……ちっ」
「今舌打ちしたよね!?」
「してないですよ〜?えへへ♪」
「可愛く笑っても許さないからな?」
「……先輩のおケチ」
不貞腐れたようにそっぽを向く魅音。彼女がどこか、腹黒さを垣間見せ始めたような気がするのは、俺だけなのだろうか……。
「でも……そ、そんな先輩もすきです……」
そう、俺にだけ聞こえる声で囁いてくるところを見るに、俺を後悔させるという宣言が本気だったんだなと改めて思わされる。
まあ、本人の方が照れちゃってるあたり、まだまだ道のりは長そうだけど。
3戦目はシード枠である俺以外の残る2人、結城とエミリーの対戦だ。
さっき癒された分、この戦いは激しいものになると予想される。……って言っちゃうと、この2人が俺の隣にどうしてもなりたがってると勘違いしている残念やつだと俺が鼻で笑われそうだけど。
「関ヶ谷さんの隣が……じゃなくて、2列目の窓際が一番景色が見やすいんです!そこを譲るなんてできません!」
「関ヶ谷様の隣に座って、ウトウトしている振りをしながら肩に寄りかかる権利を得るのは私ですわ!」
理由がどうであれ、俺の隣の席を狙っているのは2人とも同じっぽいし、そこは気にしなくていいだろう。
エミリーの理由が下心満載なのも……まあ、今回は目を瞑ってやるとするか。
「では、両者正々堂々とやりましょう。ファイッ!」
魅音の手が振り下ろされると同時に、二人の視線がバチッという音を立てながら交わった。
「この効果音アプリ、なかなか使い勝手がいいですね!」
「だよね〜♪ユアちゃんもお気になんだよ〜♪」
……と思ったら、魅音と神代さんがスマホをいじりながら、『バキッ』とか『ドーン』とか、色々な効果音を鳴らして遊んでいた。
楽しそうでなによりだが、ジャッチの仕事は最後までやろうな、魅音。
結城とエミリーの試合は、散々なものだった。
原因はエミリーの知識不足だ。このゲームをやろうと持ってきた本人であるにも関わらず、彼女はルールを理解していなかった。
それに耐えかねた結城は、『もうジャンケンだけで決めてしまおう』と提案したのだ。
負けてもハリセンを握るエミリーに、結城は何度かムダ叩きを食らっていたし、嫌になる気持ちもよく分かる。
「おかしいですわっ!私が隣に座れないだなんて!」
「はいはい、負けたんだから大人しくしてような」
「むぅ……」
結果的にエミリーが負けることになったし、ある意味、これこそ万事解決なのかもしれないな。
勝ち残ったのは、魅音・神代さん・結城の3人。そこに俺も加わって、第二試合はこの4人で行われることに決まった。
俺以外の全員がオカ研所属という偶然……心做しか圧力を感じる気がする。
厳正なるグッパ(地域によってはグッチーとも言うらしい)により、第二試合1回戦は俺と神代さんが戦うこととなった。
シード枠だった俺は、手を慣らすためにハリセンを握って軽く振ってみる。……うん、なかなかいいハリセンだ。
ヘルメットの方もちゃんと被れるか確認しつつ、的確にガードする脳内演習を行っていると、ふととある疑問が浮かんできた。
「……今更なんだが、俺が勝った時は何か得するのか?」
どことなく既視感のある疑問ではあるが、やはりその辺ははっきりさせておくに限る。
そもそもの話、『俺の隣の席を取り合う』みたいな流れがあるが、この勝負って誰がどこに座るかを決めるための戦いなんだよな。
つまり、俺にも場所を選ぶ権利はあるはずなんだが……。
「あるわけないよ、碧斗の席は2列目の真ん中って決まってるんだから」
そんな考えは、あっさりと千鶴にぶった斬られてしまった。
「そうですわ!関ヶ谷様にはなんの権利もありませんもの!」
「え、俺ってそんなに立場低いのか……?」
「はい!そのままへりくだって、私の家畜になってくださいまし♪」
え、エミリーの笑顔が怖い……。てか、千鶴もエミリーも、既に負けたからって俺の精神を攻撃しようとしてるだけだろ。
聞くならもっとちゃんとしたやつに――――――。
「そんな言い方は酷いですよ!」
キョロキョロと周りを見回していると、魅音が助け舟を出してくれた。
ああ、やっぱり魅音はいい子だな……後悔させるなんて言っても、なんだかんだ根は優しくて……。
「家畜よりペットです!餌を与えて、自分が主人だと教えるのが一番なんですよ!」
「お前もそっち側かよ!」
くっそぉ……さっきまでの感動を返せ。てか、普通に3人の顔が怖いから、本気でやめて欲しいんだけど。
「と、とりあえず……試合を始めますか」
結城が仕切り直してくれたことで、ダークサイドの3名は一旦引き下がってくれた。きっと、俺が負けたらまたしゃしゃり出てくるのだろう。これは絶対に負けるわけにはいかないな。
「「ジャンケン……ポン!」」
お互いに手を出し合い、俺はその結果を確認して口元を緩ませる。
ハリセンを掴んで顔を上げれば、神代さんは掴むのに失敗して転がってしまったヘルメットを見ながら、『あわわ……』とでも言いたそうな目をしていた。
その様子を見て、俺は心の中で勝利を確信する。神代さんには悪いが、一発で終わらせさせてもらう!
意気込むと同時に、ハリセンを握った右手を振り上げる。
「……あっ」
勝利を約束された状況であるにも関わらず、俺は彼女を叩くことが出来なかった。
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