第303話 俺達は暇つぶしがしたい

「さて、何をしましょうか」

「待て、だからどうして俺達の部屋に普通にいるんだよ」

 さぞ、当たり前のようにネコの間に居座る5人の少女達。言うまでもなく、ネズミの間の4人とエミリーだ。

 温泉から上がった後、お土産を買ってチェックアウトの時間まで部屋でゴロゴロするか……と思った矢先、彼女らが騒々しく乗り込んできたのだ。

 これには、こっそりと俺の横に添い寝しようと企んでいたらしい千鶴もご立腹。だが、数の多さに追い出せずにいるらしい。

「未来乃様、そんなかっかしないでくださいまし。いいものをお持ちしたんですから」

 エミリー(Ver.静香)はそう言って含み笑いをしながら、背中に隠していた2つのものを「じゃーん!」と口で効果音を付けつつ披露した。

「これは……」

 どこかで見たことがある気がしなくもない50cm程のゴム製の棒と、工事現場の人達のイメージが強い黄色いヘルメットだ。

 この組み合わせと言えばあれしか思い浮かばない。

「ドリルするかしないかの遊びがしたいのか?」

「そうそう、毛細血管がいっぱい……って誰が新〇劇の名物芸人ですか!」

 なんだ、違うのか。俺はてっきりヘルメットヘアーのあの人のモノマネがしたいのかと……。

 まあ、考えてみればあの芸を女子相手にやるのはまずいか。絶対に気まずくなるタイプの遊びだ。……遊びで済めばまだいいけど。

 あくまで健全な遊びらしいので、何をするつもりなのかを説明してもらうことにした。

「お母様が『叩いてかぶってジャンケンポンなんてしてみたら?』とこれを渡してくれたのですわ」

「なるほどな、だからヘルメットなのか。でも、あれって普通ハリセンとかピコピコハンマーだろ?その黒いのはなんなんだ?」

 俺がそう聞くと、エミリーはヘルメットを机に置いてから、軽くゴム製の棒をスイングした。

 その瞬間、『ブビュンッ!』というヤバめの音が聞こえてくる。

「ハリセンがなかったので、変わりに重量2キロのゴムチューブをと……」

「首取れちまうわ!」

 重さの上にゴムだから遠心力が半端ない。そんなものをまともに食らったら、最悪意識飛ぶぞ。

「そうですか?結城様、試して見てもよろしくて?」

「だ、ダメに決まってますよね?!やるなら関ヶ谷さんにしてください!男子ですし、首取れてもきっと大丈夫ですよ!」

「首は男女関係なく取れたらアウトだろ!」

 持たせていると危険なので、ゴム製の棒は俺が預かることにした。その代わりとして、廊下にいた仲居さんに大きな紙をもらい、それでハリセンを作る。

 これならどれだけ力を入れても怪我はしないだろう。

「その紙、1枚1576円の高級紙らしいですわ」

「……急に使いづらくなったな」

 もう折っちゃったから今更なんだけど。



「勝負はトーナメント方式でやりましょうか。人数は7人なので、関ヶ谷さんはシード枠ということで」

 結城がトーナメント表を描きながら、丁寧に説明してくれる。シードってちょっとかっこいいな。

 ジャンケンの結果、初めの対戦は『魅音VS千鶴』になった。初っ端からなかなかいい組み合わせだ。

「手加減なんてしないからね?」

「必要ないですよ。被ることには慣れてるので」

 魅音の言葉が少し切ないが、確かに守ることさえ出来れば負けはないんだもんな。サッカーはキーパーが全て止めれば負けないって理論と同じ匂いがするけど。

「では、両者向かい合って……」

 レフリーを担当している結城の「ファイッ!」という合図とともに、2人の握りこぶしがリズムよく空中で跳ねる。

「「じゃんけん……ポン!」」

 ジャンケンの結果を確認した1秒後、魅音の頭上のヘルメットをハリセンが叩いた。

「なかなかやるね……」

「被るのは得意なので」

 お互いこんな様子だが、勝負ということもあってか、どちらも肩が張っている。千鶴を見ればわかるが、反応速度が遅すぎるあたり、普段通りの力が出せていないらしかった。だが。

「言い忘れていたのですが、帰りは私のお父様が車を手配してくださったらしいです。運転席を除いて空席は6席、1名はお父様と同じ車に乗ってもらうことになりますわ」

 エミリーがそう口にすると、千鶴と魅音の視線が一気にこちらに集まる。な、なんだか怖い……。

「この勝負で誰がどこに座るかを決めるってのもいいかもしれないね」

「そうですね、関ヶ谷先輩の隣は2人……景品として申し分ないです」

 千鶴の提案に、悪い笑顔を浮かべながら同意する魅音。2人の目の色が変わった気がした。

「待て待て、お前らだけで決めてもしょうがないだろ?静香はともかく、御手洗さんと神代さんはそんなこと望んで――――――――――」

「私はいいですよ?」

「ユアちゃんもサンセ〜♪」

『ないだろ!』。そう口にしようとするのを遮るように、2人のOKをもらってしまった。

「結城!お前は嫌だよな?な?」

 自分が景品というのは、やはり何とももどかしい気持ちになる。それを回避したいがために、残された希望である彼女にすがりついたのだが……。

「わ、わっちは……関ヶ谷さんの隣がいいです……」

 一番ウェルカムな反応を貰ってしまった。こうなれば、彼女らの勝負を止める大義名分も見当たらない。

「では、そういうことで。勝負を再開しましょうか、ミラノさん」

「ふふふ……負けられない戦いだね」

 この勝負、ここからかなり荒れる気がした。

 魅音と千鶴は向かい合い直し、お互いに目で確認しながら握りこぶしを前に出す。

「「ジャンケン……ポン!」」

 スパァンッ!!!という音が部屋中に響いた。

 結果は魅音の防御成功。攻撃も防御も、さっきまでより格段にスピードが上がっている。俺でなきゃ見逃しちゃうね状態だ。

「「ジャンケン……p」」スパァンッ!!!

 もはや『ポン』が最後まで聞こえてこない。勝ったと認識して攻撃している魅音もそうだが、防御成功している千鶴ももはや常人の域じゃない……。

「負けれないんです……!」

「私だって負ける訳には……!」

 スパァンッ!!!

 ついには『ジャンケン』の掛け声すら無くなった。どちらともなく手を出し、条件反射で攻防を繰り返している。


 スパァンッ!!!スパァンッ!!!スパァンッ!!!


 音だけ聞くと、そこはかとなく女王様にいたぶられて喜ぶドMの姿が見えたり……はしないな。

「す、すごいです……」

「ユアちゃん、この2人に当たらなくてよかったぁ……」

 御手洗さんと神代さんも、その激しさに若干引いている。その気持ち、俺もよくわかるぞ。ガチすぎてちょっと怖いし。


 だが、人間は疲れる生き物だ。そういう時に隙というものが生まれる。

 ジャンケンに負けた魅音が、ヘルメットを取り損ねたその瞬間を、彼は見逃さなかった。

 スパァンッ!!!

 先程までとは少し違う音が響き、魅音がその場にドサッと倒れる。千鶴はそれを見ながら、満足そうにハリセンを鞘にしまうような動きをした。

「安心せい、みね打ちじゃ」

 彼のその一言で、緊張が解けたように魅音が笑い始める。

「ふふふっ、本気で遊ぶのも結構楽しいんですね!」

「うんうん!なかなかいい試合をさせてもらったよ!ありがとう!」

「こちらこそです!」

 ガチバトルした後は、敵も見方も関係なく手を取り合う、そんなバトル漫画のような結末を迎えた第一試合。

 初めからこれだと、後がどうなるのか想像もつかないな……。出来れば、もう少し普通の叩いてかぶってジャンケンポンが見たい。

 女子高生らしくもっと可愛らしいやつを見て、ただ単に癒されたいのだ。きっとこの2人なら見せてくれる。

 俺はそんな期待を抱きながら、第二試合の参加選手たちを眺めた。

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