第298話 (男)友達は肝試しがしたい

「碧斗、操奏そうそうさんと何かあった?」

 いつから肝試しが終わったと錯覚していた?……なんてことを言う資格は俺にはない。

 森の中で心配そうに覗き込みながら隣を歩くのは、紛れもなく俺から肝試しをするよう誘った千鶴なのだから。


 話を遡れば5分ほど前。魅音と重い空気の中、ゴールにたどり着いた時のことだ。

 みんな旅館に帰ろうという雰囲気になっていたところで、千鶴が限界だとばかりに俺の腕を掴んできた。

『やっぱり、私も行きたいよぉ……』

 まあ、こうなることはある程度予想出来ていた。昼間はどうでもいいなんて言っていたが、みんなの姿を見ていれば、そういう気持ちにもなってくるだろうな、と。

 魅音の事で気持ちは落ち込んでいたが、ここで彼に冷たくしても仕方が無いし、むしろこのまま旅館に戻っても寝付ける気がしない。

 そういう訳で、俺は彼を肝試しに誘ったのだ。皮肉にも、UNOで勝った時のお願い権を行使して。


「いや、なんにもないぞ?」

「嘘ついても無駄だよ?わかるもん」

 ぷぅっと頬を膨らませる千鶴。その姿を見ていると、何故か安心感が湧いてきた。

「操奏さんに告白でもされた?」

「ぶっ!?な、なんでそれを……」

 彼の言葉に思わずたじろいでしまう。監視されていたんじゃないかと疑うくらい的確な質問だ。

「碧斗、わかりやすすぎ」

 千鶴はそう言って微笑むが、すぐに少し視線を落とした。

「そっか、告白されたんだ……」

「断った。やっぱり俺が好きなのはあいつらだから」

 聞かれるのはわかっていたから先に答えてしまう。待つのが面倒だからというより、自分自身がなにか焦っているような気がした。

「そのあいつらの中に、私は入ってないんだよね?」

「……ああ、入ってない」

 そう答えるしかない。千鶴も千鶴で、そう返ってくると分かっていたように、「まあ、そうだよね」と苦笑いを浮かべていた。

「ごめん、入ってるって言えなくて」

 そんな表情をさせてしまうことに罪悪感を感じ、俺は無意識に謝罪の言葉を口にする。だが、彼は「謝らないでよ……」と俺の背中を撫でてきた。

「嘘で言われても嬉しくないから。女の子は言葉で喜ぶんじゃない、真実から喜びを見つけ出す生き物なんだから」

「そ、そういうもんなのか……?」

 俺の問い返しに、千鶴は胸を張りながら大きく頷く。

「私は碧斗の正直なところが好き。意地悪な嘘をつけないところも。だから……ね?」

 彼は俺より数歩先まで早足で移動すると、くるりとこちらを振り返って手を背中側で組んだ。そして、月明かりよりも優しい笑顔を浮べる。

「はっきり言ってくれて嬉しい。ありがと♪」

 俺はただ、『好きな人の中には入っていない』ということを伝えただけ。だから、感謝される謂れはもちろんない。

 でも、彼のその行動は『はっきり言う方がいい』と言うことを示していて、確かに俺の心を少し軽くしてくれた。

「魅音もそういうふうに思ってくれるかな……」

「すぐには無理でも、きっとわかってくれるよ。失恋の傷だって、治る頃には前より強くなってるだろうし」

「なんだその、『骨折って治ったら前より折れにくい』的な理論は」

 千鶴はクスクスと笑うと、「そう考えた方が碧斗も気に病まなくて済むでしょ?」と言った。何から何まで俺の事を考えてくれてるんだな。

「でもね、逆にはっきりしないことはいつまでも悩んだ方がいいよ」

「はっきりしないこと?」

 一体なんのことを言ってるのかと首を傾げると、千鶴は「あの二人とのことだよ」と呟いた。

「笹倉か小森か、急いで答えを出したりなんてしたら、例えそれが正しい方を選んでいたとしても、選ばれなかった方を見る度に必ず後悔するよ」

「ああ、忠告は受け取っておく」

 頷いてみせると、彼はピシッと人差し指を立てながら更に念を押してくる。

「誘惑されても、手を出したらダメだよ?そうなったら、責任取って結婚しないとだから」

「それが温泉であんなだったやつのセリフか?」

「んん〜〜っ!///そ、それは私もどうかしてて……」

 俺の指摘で自分のしでかしたこと事を思い出したのか、彼は一瞬で真っ赤になった顔を隠すように手で覆う。だが、髪の間から覗く一番赤い耳が隠れていない。

「みんなの前だって言うのに、思いっきり暴走しやがって……」

「その話はもういいって!と、とにかく、2人のことで悩んだらいつでも相談に乗ってやるから!」

 聞くに耐えないとばかりに、俺の言葉を遮る千鶴。口調が男モードに戻ってるが、これはこれで『相談』という言葉に信頼感が増すな。

 やっぱり(偽)彼女と幼馴染に挟まれる生活を送ってると、男友達ってのが安寧の地になる。だから、本人にこう言って貰えるほどありがたいことは無い。

 まあ、男友達なら塩田でもいいんだが……あいつもあいつで恋があるからな。出来ればあまり負担はかけたくない。

「でも、やけに頼もしいな。何か変化のきっかけでもあったのか?」

 俺がそう聞くと、千鶴は「……いや?」と首を振る。だが、俺は彼の手がそっとポケットに触れられたのを見逃さなかった。

 きっと人間の無意識行動のひとつだろう。視線も一瞬だがそちらを向いていたから間違いない。

「何か隠してるな?」

「な、何も……っちょ、やめて!」

 明らかに怪しいが、こんなにも気遣ってくれる奴にやましいことなんて……と思いながら、俺はポケットに入っていたスマホを抜き取った。

 ロックは外されており、既にサイトが開かれている。そのタイトル部分に書いてあったのが――――――。


『三角関係に悩む彼を落とす方法(友達編)』


 内容を見てみれば、『ストレートに2人で○○したい!と伝えてみましょう』とか、『悩みは全て受け止めてあげましょう』だとか、『あえて背中を押すことで、心理的に友達より近い関係にジョブチェンジ♪』なんてことまで書いてあった。

 なんだか、ここに書いてあることが全部身近に感じるのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃない。

「千鶴、これはなんだ……?」

 スマホの画面を見せながらそう聞くと、彼は初めこそ言い訳を探していたようだったが、最後には観念した。

「碧斗には沢山悩んで欲しいの!その方が幸せになれると思うから!」

「……本心は?」

「悩んでるところを優しく助けて、一時の感情に身を任せたまま私と間違いを犯して欲しい!」

 前言撤回、こいつは観念するほどやわなやつじゃなかった。

「あのな……もう、好きにしろ」

 企んでいることはよろしくないが、ここまで真っ直ぐに想われていると、なんでもかんでもダメだとは言いづらい。

 計画がバレている以上は、俺にだって効果は薄れているだろうし、企むくらいなら許してやるか。

 俺はそう思いながら、そっと笑みを零した。



 その後、部屋に帰った俺たちは、肝試しの興奮が収まるまで談笑した後、それぞれの部屋で寝ることにした。

 魅音の様子がいつもより暗かったのがどうしても気がかりだったが、千鶴の『いつかわかってくれる』という言葉を信じて何も言わないでおくことにする。


 部屋に2人だけになったところで、肝試しロードを6往復(魅音のは抜いたとしても5往復)して汗をかいていた俺は、部屋風呂でシャワーを浴びてから寝ようと脱衣所に向かった。

 だが、千鶴も温泉にゆっくり入れなかったからと強引に飛び込んできて、結果的には俺が折れて2人で背中を流し合うことになったんだが……。

 部屋に戻った時、せっせと寝る準備をしにやってきていたエミリーに二人で一緒に出てきた所が見つかり、「ずるいですわ!卑怯ですわ!私も入りたいですわ!」と机バンバンされてしまった。

 結局、彼女とは『また今度、エミリーの屋敷に泊まりに行く』ということで納得してもらった。日程は決めてないからはぐらかせそうだけど、そんなことをしたら黒服を送り込まれかねないし、いつかちゃんと行こう……。


 その他にも、エミリーが絵本を読んで欲しいと甘えてきたり、千鶴が官能小説を耳元で朗読して欲しいとすりついてきたり、様子を見に来た真理亜さんが『極うす』と書いてある箱を置いていこうとして投げ返したり。

 色々あって眠りについたのは3時を回ってからだった。

 今までほとんどしたことが無いレベルの夜更かしに、明日起きれるかどうかという不安を抱えながらも、抗えない睡魔に瞼を委ねる俺であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る