第291話 神代さんは肝試しがしたい
俺は今、暗い森の中を歩いている。御手洗さんと来たのに続いて2回目になる。
聞こえてくるのは木々のざわめき、微かな波の音、そしてひとつの足音。……この場にいるのはもちろん俺だけじゃないぞ?神代さんも一緒だ。
なのに足音はひとつ……。これがどういう意味なのか、きっとわかってくれると思う。
「神代さん、ちゃんと足元照らしてくれるか?」
「そ、そんな事言われても手が震えて……」
「俺が運んでやってるのに、まだ怖いのか?」
―――――――――そう、運んでやってる。俺は今、その言葉通り神代さんを背中に乗せて運んでいるのだ。要するにおんぶだな。
彼女がこれならなんとかゴールできると言うから、仕方なく乗せていると言うのに、任せたライト係さえもままならないほど震えは継続している。
まるで背中に腹筋を鍛えるパッドを貼ったみたいだ。
「だ、だってぇ……ひぅっ!?」
少し前にある木が大きな音を立てると、神代さんは変な声を漏らして体を跳ねさせる。あまり暴れられると落としそうになるからやめて欲しい。
「本当に苦手なんだな、怖いの」
俺の言葉に、彼女は小さく頷いた。
「……あそこで少し休むか」
ふと、道から逸れた所に月明かりが差し込んでいるエリアを見つけ、そこに向かって歩き出す。座るのにちょうどいい感じの石も置いてあって、まるでひと休みするために作られたようにも思えた。
俺は石の近くまで来ると神代さんを下ろし、背中を支えながら座らせる。1人用の大きさなので俺は立ったままだ。
「お兄さん、ありがと……」
いつもよりも明らかに弱々しい声。暗闇に相当参っているらしい。
これ以上進もうとしても、きっと彼女はさらに疲弊してしまうだろう。帰りだってあるのだから。
そう考えた俺は、最終手段とも言える提案をした。
「引き返すか?」
今ならまだ半分も進んでいないくらいだ。行って帰るより遥かに短い時間でここから出られる。
俺だって本気で嫌がっている女の子を、無理に怖い場所へ連れていくのは気が引けるからな。俺にとっても神代さんにとっても、今だからこそ選べる最良の選択肢だろう。
「結城達には俺が謝ってやるから、な?」
震えの収まらない背中を優しく撫でながらそう言うと、彼女は少し考えた後、風にもかき消されてしまいそうな声で話し始めた。
「私、前にも肝試しをしたことがあるんです。小学五年生の時でした」
仲良しだった友達に誘われて、嫌々ながら行った場所は、こんな森とは比べ物にならないほど、恐ろしい噂がある森でした。
奥には
あの時は『1人で森の奥まで行って、神社に貼られた御札を剥がしてくる』というルールで、考えたのはクラスのやんちゃな男の子でした。
もちろんそんな不謹慎なことはしたくないと反論しましたが、『そんなこと言うならお前が行っている間に先に帰るぞ』と脅され、渋々従うことに……。
順番は何となく年齢順になって、一緒に来ていた私の
5年生の人達は順調に終わらせて、4年生、3年生のみんなも何事もなく終わり、次は2年生の和くんの番となりました。
和くんは勇気のある子だったので、『神代みたいにビビんなよ〜』と茶化されても、すぐ帰ってくるからと笑顔で森へと飛び込んで行ったんです。
あの時はもちろん不安も感じていましたが、男の子である和くんに何が起きるはずはないと、どこか噂の内容に安心していました。
でも、噂はやっぱり単なる噂で、信じちゃいけなかったんです。
和くんが森に入ってから5分ほどが経った頃、叫ぶような声が聞こえてきて、心配になった私たちは彼を探すために森の中に飛び込みました。
音がした方を目指して走ると、気付けば先程来たばかりの神社へと辿り着いていて、和くんもちゃんと居ました。
でも、様子がおかしいと近づいてみると、彼は左目の辺りを押さえながら震えていたんです。
発狂しそうなほど体を強ばらせた彼を落ち着かせ、押さえている手を外させた私は、思わずその場から逃げ出しそうになりました。
その時の彼の目は、まるで彼のものでないかのように、力なく左下を向いていたんです。
右目はしっかりと私を捉えているのに、左目からは生気を感じられない。和くん自身も『動かない、動かない……』と取り憑かれたように呟いていました。
彼はその瞬間を境に、左目が見えなくなりました。
和くんがようやく落ち着いた数日後、彼から聞いた話なのですが、あの日の彼は神社の格子扉に貼られた最後の御札を剥がしてしまったみたいなんです。
その途端、神社の中から何か細長くて黒いものが伸びてきて、自分の左目に張り付いてきた……と。
その話を元に、私達はあの神社の歴史を調べてみました。
女性を生贄に捧げていたという噂は本当らしく、その頃は崇めている対象が豊穣の神様のだと思われていたのですが、実はそれが
絵として描かれているその姿は、和くんが話していた通りの黒く細長い腕を持ったものでした。
でも、
辺りが静かなこともあって、神代さんの喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。その神妙な面持ちに、俺もつい前のめりになってしまう。
「あの神社に住み着く妖怪について書かれた本には、生贄となった女性の遺体は、決まって眼球を失った状態で見つかったと書かれていたんです」
目がない状態で見つかった……。それは先程の和くんとやらの話と似ている。彼の場合は眼球ではなく、視力を失ったみたいだが。
「もう、分かりますよね?」
神代さんはそう言ってこちらを見上げた。その視線の意味することを理解した上で、俺はしっかりと頷いてみせる。
「女を取るから
「その通りです。生贄が女性だったのは、あの時代は男性の方が上の立場だったからです。メトリにとって性別なんてものは何でも良かった。だって……」
彼女は左手をスっと目元に持っていくと、人差し指で左目を指差しながら、ワントーン低い声で言った。
「目が欲しかっただけなんですから、
彼女の声は、俺達の間を流れた冷たい風によって
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………えっと、反応は?」
神代さんが『え?』という表情で俺を見つめてくる。まるで何かを期待していたかのような顔だ。
「いや、そんな目で見られても困る。怖ぁ〜いとか言えばいいのか?」
「私は、この話に無反応なお兄さんが怖いですけど……」
若干引いた目で見られるのが納得出来ない。こんな話に素直な反応なんて見せられるはずがないだろ。
「だって、作り話だろ?」
「…………ん?」
俺の言葉に神代さんは首を傾げたまま固まった。そして数秒後、ようやく意味を理解して、『なんで!?』と言いたげに目を見開く。
「別に妖怪に詳しいわけじゃないんだが、メトリって妖怪のことは知ってるんだよ。ゲームに出てきたし」
メトリというのは漢字では『女鳥』と表記し、
了承すれば赤子を抱かされるが、朝になるとそれが石や丸太であることに気がつくらしい。もしも断ったら……この先は気になる人は自分で調べてみてくれ。
ちなみに、ゲームだと恐ろしい妖怪ではなく、巨乳の美少女お母さんとして描かれている。
我が子と決めた相手をメロメロにさせるほど甘やかすという素晴らしい妖怪だ。ぜひ、俺もそんな妖怪に取り憑かれてみたいものだ。
まあ、そんな願望はとりあえず置いておくとして。
「で?神代さんはそんなにも俺を怖がらせたかったわけか。暗闇が苦手な演技をしてまで」
「…………あれ、バレちったかぁ〜♪」
いつもの調子でヘラヘラと笑う神代さんがそこに居た。
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