第292話 オカルトさんは肝試しがしたい①
「いやぁ、怖がってくれると思ってたのになぁ〜♪」
そう言いながら、俺の隣をスタスタ歩く神代さん。彼女の手には既に飴玉が握られている。
先程、俺が演技を見破った時点で、彼女はメトリの話も和くんの目の話も、そもそも肝試しに行ったことがあるという話すらも嘘だとぶっちゃけた。
本当は、ディ〇ニーのお化け屋敷にあるガラス張りの迷路で、和くんが顔をぶつけまくって翌日に左目が腫れただけらしい。なんともコメディチックなオチだ。
「どこから気付いてたの〜?」
「そうだな、さすがにそんな早くはないぞ?神代さんがメトリの話をし始めた辺りだな」
「いや、もはや重要な部分の冒頭だよ〜♪」
神代さん的には騙せる自信があったらしいが、普通に考えて怖がってる奴が自分から怖い話をするはずがないからな。
そこに違和感を感じるのは普通のことだと思う。
「あーあ、リコちゃんと怖がらせれるかの賭けをしてたんだけどなぁ」
「賭け?いくら賭けたんだ?」
「お金じゃないよ〜?どっちが手前の布団で寝るか、勝負してたんだよね〜♪」
負けちゃったから私が奥側かぁ〜と特に残念そうな雰囲気を見せない神代さん。それにしても、賭けの内容が微笑ましいな。
「でも、怖がってる演技は上手かったぞ。さすがに信じさせられた」
「ふふふ、名女優♪」
何気ない褒め言葉に、ドヤ顔で胸を張る神代さん。なんとも微笑ましい限りだ。
「もうそろそろゴールだな」
森の出口が見えてきたので、俺はそう口にして歩を早めようとする。だが、神代さんはそれを止めるように「待って」と服を掴んできた。
そして振り返った俺ににんまりと頬をゆるめると、服を掴んでいた手を肩までスライドして白い歯を見せた。
「最後に少しだけおんぶ♪」
「……仕方ないな」
懐中電灯を手渡し、俺はまた彼女の前で腰をかがめた。こんな背中が気に入ってもらえたなら良かったよ。
「思ってたより暗いですね」
「ああ、俺は3回目だからもう慣れてきたけど」
3番目のペアが結城に決まり、並んで歩くこと3分程。他愛無い話をしつつも、俺は温泉での記憶が時折フラッシュバックしてきて、それを拭うのが大変だった。
今だって、いつもはしないはずのポニーテールにしてるせいで、彼女の方を見るとどうしてもうなじに目が向いてしまう。
いつもは女らしさなんて微塵も感じないってのに……俺、疲れてるのだろうか。今日は色々あったからな、そうだとしても何ら不思議じゃない。
「どうしたんですか?疲れちゃいました?」
心配そうに顔を覗き込んでまくる結城。どうやら彼女はこの状況で何も感じていないらしい。それなら俺も平常心を装わないとな。
「なんでもない」
「そうですか?疲れたら言ってくださいね、さすがに5人分連続で歩いてもらうのも気が引けますし」
「ああ、ありがとうな」
体力的にはまだまだ余裕だ。だから、歩く分には問題ない。ただ、目の前でゆらゆらと揺れるポニーテールの後ろにチラチラと見えるうなじ。そこには、つい触れたくなってしまう魔力がある……。
「結城、少しおかしなことを言ってもいいか」
まるで某有名スノークイーン映画のようにそう聞いてみると、結城は『は?』という顔をしつつ、「程度によります」と答えてくれた。
「さすがにアウトなことじゃないから安心してくれ」
「それならいいですけど……なんですか?」
首を傾げる彼女に、俺はその首を指差しながら真面目な顔で言う。
「俺、太ももフェチだと思ってたが、うなじも好きかもしれん」
「いや、アウトですよそれ」
呆れたような表情をされてしまった。まさかフェチの話がアウトだとは……って、考えてみたら当たり前か。
「わっちだって女子なんですから、あんまりそういう話は……」
結城は若干モゴモゴとした口調でそう言うと、恥ずかしそうに首を押え、それでも俺が見つめていると、ついにはポニーテールを解いて髪を下ろしてしまった。
「ああ、魔境がぁ……」
「誰がア〇ゥリンじゃ。ソード〇メイデンは出てこんぞ」
結城は不満そうな顔をして、ペちっと額を叩いてくる。痛くしてこないあたり優しい奴だな。俺だったらデコピン叩き込んでるところだ。
「えっちな目で見るなら見せてあげませんから!……その、変な気起こされても困りますし」
「安心してくれ、その可能性はゼロだ」
「そんなはっきり言い切らないでくださいよ!」
今度は本気で機嫌を損ねてしまったらしい。ドンドンと地団駄を踏んだ後、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
うなじを見てもダメ、変な気なんて起こさないと言い切ってもダメ。女の子って難しい生き物だな。
まあ、確かにあれでは魅力が無いと言われてるようなものだし、それはそれで嫌なのだろうけど。
期限を損ねられたままというのも困るし、謝って許してもらおう……と思ったが、考えてみればここまでいいリアクションをしてくれるシチュを逃すのも惜しい気がする。俺は彼女に少しだけ意地悪をしてみたくなった。
「じゃあ、結城は変な気を起こされる方が嬉しいのか?」
「そっ、それは……その、時と場合によります……」
「なら、今はどうなんだ?」
「い、今ですか……?」
結城は俺の問いかけに困ったような顔をすると、キョロキョロと辺りを見回してから小声で言った。
「嬉しくない、と言えば嘘になります……」
自分で言っておいて後から恥ずかしくなったのか、両手で顔を隠してその場にしゃがみ込む彼女。暗闇じゃなかったらパンツ見えちゃいそうな勢いだったな。
「要するに嬉しいってことか」
「……わざわざ遠回しな言い方したのに、無駄にしないでくださいよ」
結城は指の間から俺を軽く睨むと、深いため息をついて立ち上がった。
「今思ったんですけど、関ヶ谷さんって私にだけ扱いが雑じゃないですか?」
「今更気付いたか」
「わざとやってたんですか?さすがに手が出ますけど」
結城はこめかみをピクピクさせながら、ヤンキー漫画でよく見る指をパキパキ鳴らすやつをやろうとして、「これやると指太くなるらしいんですよね」とやっぱり諦めて膨れっ面だけを残した。
確かに指が太くなるのは俺も嫌だな。今の時代、男も女も細長い指が評価されてるっぽいし。
「いや、結城って話してると落ち着くって言うか、余計な気を使う必要がない相手だからさ。つい、なんでも言っちゃうんだよな。……変なやつだけど」
「最後、余計ですよね?」
途中までの喜びを返してください、と肩をバシバシ叩かれる。今度はちょっとだけ痛い。
「だって、怪しい部活に勧誘したり、自分で火をつけたロウソクで部室から出られなくなって火傷したり、おかしな黒魔術を成功させたり……変なやつだろ?」
「い、言われてみれば我ながら……」
本人ですら唸ってしまうほどに結城は変わり者なのだ。でも、だからこそ話していて飽きないし、聞き手にも話し手にも回れるちょうどいい友達になれる。そういう面では相性がいいんだろうな、俺達。
「あっ、そう言えば……」
結城は突然何かを思い出したように呟くと、彼女の太ももの裏辺りに触れてから、スカートの裾を握った。
まるでこれからたくし上げますよと言われているような格好だ。これにはさすがにドキッとしてしまう。
「待て、お前が先に変な気を起こしてどうする!」
「か、勘違いしないでください!そういうのじゃないですから」
俺の見当違いな制止の声に顔を赤らめる結城。その表情も相まって、余計にそれっぽく見えてしまう。
「部室で火傷した時の跡を見てもらいたいんです。最近、火傷跡に効く薬を塗り始めたんですけど、自分じゃ確認しづらくて」
彼女はそう言うと、こちらに背を向けて少し前屈みになる。こいつ、本気で俺に見せる気だ……。
「ま、待てって!」
声を張って止めようとするも、スカートはまるでミュージカル開演時の幕のように徐々に上がっていく。
本能の悪戯か、俺は口では止めつつもそこから目を離すことが出来なかった。
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