第222話 俺はレベリングがしたい

 のしかかる絶望感を振り払って、何とかもう一度体を起こした俺は、再度『やることリスト』を確認してみることにした。



 その1、『レベルを50まで上げる』


 まあ、これは何とかなりそうだな。俺ももうレベル30後半だし、クエストをこなしたりモンスターを倒せば、いつかは上がるだろ。


 その2、『街の人のクエストをクリアする』


 こっちはよく分からないな。注意書きには、ギルドで受けられるクエストじゃないって書いてあるし、街の誰かに話しかけたら発生したりするのだろうか。


 その3、『スキルレベルを上げる』


 スキルレベルは、課金か一定回数以上使用することで上がるらしい。高校生の俺に選べるのは言うまでもなく後者だけだよな。努力と金は不均衡ってか。



 まあまあ、ここまでは今日中に何とかなりそうだよな。レベル上げは今までもしてたし、スキルレベルだってもう少しで上がりそうなところまで来ている。

 街クエだって、手当り次第色んな人に話しかければ、きっとヒントくらいは得られるはずだ。

 ……だが、最後の項目に目を移した瞬間、俺は自分の目を疑った。


 その4、『魔王を倒す』


「……」

「……」

 きっと覗き込んできている笹倉も、俺と同じことを考えているだろう。……倒せるわけねぇだろ、と。

 確かに俺のジョブは勇者ですよ、勇む者と書いて勇者ですよ。魔王がいるって話も聞いてたし、いつかは倒しに行く展開もあるのかな?なんて思っていましたよ。

 だからと言って、あまりにログインしなくて閉じ込められたような堕落勇者が、本日付けでいきなり魔王を倒せなんて言われてできるわけが無い。

 エクスカリバーもびっくりしてへしゃげちまうわ。

「でも、倒さないと出られないのよね?」

 笹倉も自分のリストを確認しているが、大体は同じなんだとか。一つだけ違うらしいのだが、その内容は教えてくれなかった。


「そう言えば早苗は?」

 起きた時から彼女はここに居なかった。俺たちが来ているということは、彼女もいるはずなんだが……。

「小森さんは1人で出かけたわ。自分だけレベルが低いから、先にレベル上げしてくるって」

 なるほど、それなら居ない理由も納得だ。しかし、あの早苗がもう現状を受け入れていることには驚きだな。一番動揺しそうなタイプなのに。

「なら、俺達も負けてられないな」

「ええ、そうね」

 俺は笹倉と頷き合い、このゲームという監獄を脱出する決意をした。

「魔王、俺たちの手でぶっ倒してやる!」

 そう声を上げてベッドから飛び降りる俺。

「…………あっ」

 ふわりと服が揺れる感覚で思い出した。そう言えば俺、この世界だと女装しか出来ないんだったわ。この格好で勇者名乗るなんて、普通に考えて恥ずかしいんだが……。

「碧斗くん、いくわよ!」

 やる気に満ち溢れた笹倉はもはや止まることを知らず、早速やる気を無くし始めた俺を引きずるようにして、宿屋を飛び出したのだった。



「前から思ってたんだが、ゲームとは思えないほどリアルだよな」

『中級者の草原』というエリアで、俺は自分が切り落としたトカゲモンスターのしっぽを眺めながら、ぼそっと独り言のように言った。

 現実のヤモリなんかもそうだが、切れたしっぽが動くのを見るのはなんとも気味が悪い。それが自分が切り落としたものなら尚更だ。

「血が出ないだけいいじゃない」

「そうだよっ!血が出てたら、私もう戦えないもん……」

 女性陣はやっぱり血の描写なんかに厳しいんだな。俺は『バイオ〇ザード』だとか『Deadby〇aylight』だとか、ゾンビ系のゲームで出血描写をよく見るから慣れっこだが、早苗なんかは特に嫌がるだろう。

 まあ、俺もこんなリアルなゲームで血が出たら、発狂しちゃうかもしれないけどな。このエリアのモンスターって、何気に可愛い見た目してるし。

 普通に倒すだけでも、少し心が痛んでいるくらいだ。

「あおくんっ!私、ヤモリを使役したよっ!」

 早苗にそう言われ手振り返ると、確かに彼女の頭の上にヤモリが乗っていた。現実のと違ってティッシュ箱程の大きさがあるが、なんとも綺麗な目と可愛らしい顔をしている。

「早苗は『テイマー』だもんな。俺もお前みたいにモンスターを操れたらな……」

 俺も一応『サモナー』としてモンスターを使役することは出来る。ただ、今のところは使役できるモンスターがゼロなのだ。

「ん?どうしたの、ヤモリン?」

 早速名前をつけたらしく、ヤモリンことヤモリは早苗の頭の上で、何かを察知したようにピーピーと鳴き始めた。あれ、ヤモリって鳴くっけ?

「碧斗くん、小森さん……何かがくるわ」

 笹倉の言う通り、俺も何かが近付いてくるのを感じていた。そこらのモンスターとは違う、もっと深くて暗いオーラの何かが―――――――――!

「……防御壁パティ!」

 咄嗟に『魔法使い』のスキルを発動し、黒いオーラを感じた方向に防御を張る。直後、巨大な塊がそこへ突進してきた。

 周りの地面が抉られるほどの衝撃を受け、俺は笹倉達と共に数メートル後ろへと弾かれる。

「な、なんだ……?」

 舞い上がっていた砂埃が薄くなるにつれ、その巨大な塊の正体が露わになっていった。

「こ、これってもしかして……」

 半透明な紫色のゼリー状の体、その頭の上に乗っている王冠を見て俺は理解した。

「ダークキングスライム……」

 モンスターの頭上に浮かんだ文字を読み上げると、俺の目の前にウィンドウが現れる。そこには『ダークキングスライム』についての説明が書かれていた。



 ―――ダークキングスライムについて―――


 ダークキングスライムは、『中級者の草原』で一定数以上のモンスターを倒した場合、低確率で出現するエリアボスです。

 普通のモンスターだったスライムが、魔王の力の欠片を飲み込んだ事で生まれました。そのため、その力は強大で、中級者では倒し難い危険なモンスターと言えるでしょう。

 推奨レベルは55。有効属性は光。


 ―――――――――――――――――――――――


 なるほど……明らかに桁違いな敵が現れたって訳か。推奨レベルは55で、俺たちの平均レベルは45。光属性の攻撃ができるのは『魔法使い』である俺と、『巫女』である早苗の2人だけ。

 どう考えても太刀打ちできる相手ではない。そう考えた俺は、密かに習得していた宿屋に直ぐに帰還する魔法を唱える。

GHQGo Home Quick!……あれ?」

 だが、俺達が立っている場所は相変わらず草原。目の前には巨大な敵。そして……。


『エリアボスとの戦闘中、この魔法は使用できません』


 目の前にはそんな表示が浮いていた。

「ま、まじか……」

 ポケ〇ンで道端にいるトレーナーに勝負を挑まれ、『にげる』を選択したのに逃げられないと言われた時と同じ気持ちだ。

「た、戦うしかないのっ!?」

 早苗はヤモリンを抱えて震えている。戦うしか……と言っておきながら、この様子では攻撃をかわすことすら難しそうだ。

 だが、そんな彼女に反して、その腕の中のヤモリンの瞳は燃えていた。

「あ、ちょっと……!」

 ピー!と鳴いたヤモリンは早苗の腕から飛び降りると、飼い主を守るようにダークキングスライムの前に立つ。

 勇敢な行動に涙が出そうになるが、ヤモリンとダークキングスライムでは、勝敗はもう見えている。戦わせるだけ無駄というものだ。

 だが、イモリンはそんなことを気にしていないのか、名前に反してイモらない。じっと敵を見つめ、牙をチラつかせている。


 そして瞬きをした次の瞬間、大小それぞれの体がぶつかり合い、あっという間に勝負の決着がついた。


「あぁぁ!?イモリンがスライムに飲み込まれたぁぁぁ!」

 まあ、そりゃそうなるわな……。

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