第212話 俺はユニフォームに着替えたい
今日は土曜日、学校が休みだ〜!
と浮かれていたのも束の間。俺は早苗に叩き起され、現在学校に行く準備をしているところだ。
麦さんの件ですっかり忘れていたが、そうか今日だったのか……バスケ体験会は。
鷹飛先輩に『来てくれないか』と言われてから1週間、色々あって疲れていたのだが、早苗が「あおくん、バスケがしたいです!」と机バンバンしてくるせいで目が覚めてしまった。
どうせ明日は日曜日だ。たとえ筋肉痛になってもゆっくり休めるし、今日くらいは運動でもしてみるか。
「笹倉はどうしようか」
こういう時はいつも誘っていたが、何せ今日は休みの日だ。わざわざ制服に着替えて、電車でこっちまで来てもらうのも悪い気がする。
「笹倉さんがいると、自分の運動神経の無さに絶望しそう……」
早苗はそう言いながら、少し悲しそうな顔をする。彼女の言い分もごもっともだな。せっかくの体験会で、勧誘でもされたら大変だ。今回は笹倉無しで行こうか。
そう思った矢先、小森家のインターホンが鳴った。こんな時間に誰だろうか。あ、もしかしてこの前注文したエロゲーが届いたんじゃ……とおそるおそる玄関を開けてみると……。
「おはよう、碧斗くん」
制服姿の笹倉がそこに立っていた。
「夢に変なおじさんが出てきて、『明日は制服で彼氏に会いに行きなさい』って言われたのよ。そしたらやっぱり何か起こったわね」
「お前は勇者ヨシ〇コか」
そんな会話をしながら、結局3人で学校に行くことになった。まあ、笹倉が自分から来たのだから特に罪悪感はない。強いて言うなら、悪いのは夢に出てきた変なおじさんだ。
学校に着くと、休みの日だからこそなのか、こんな早い時間から運動部員達がグラウンドや校舎前を走り回っていた。
「俺には無理だな」
「私にも無理……」
俺と早苗はそんな光景を目にして、帰宅部でよかったと小さな幸せを噛み締めながら、集合場所である体育館に向かう。
笹倉はというと、陸上部の際どいユニフォームを見て、「よくあんな格好できるわね……」と少し引いていた。
きっと空気抵抗を最小限にした結果なのだろうとその場は収めたものの、俺もあまり見すぎると目の毒なので足早に立ち去ることにする。
体育館までの道中で結城と魅音が走っているを見かけた。何を急いでいるのかと思ったら、どうやら神代さんに追いかけられているらしい。
「先輩たち、待ってよ〜♪」
「も、もう勘弁してくださいぃぃぃ!」
「誰かこの人を何とかしてぇ〜!」
何やら大変そうだが、巻き込まれたくないので無視することにした。それにしても、あいつらいつの間にあんな仲良くなってたんだろうな。
少し微笑ましく思いつつ、俺達は体育館に到着。貸出のバスケシューズに履き替えて、体験会の行われるコートへと向かった。
「お?俺たち以外にもいくらか人がいるみたいだな」
この辺に住んでいる人もチラホラ参加しているらしく、よく犬を散歩させている姿を見かける大学生くらいのお兄さんもいた。
「そうね、私たちを合わせて9人かしら」
笹倉は2、4、6……と数えながらうんうんと頷く。体験会は男女合わせてやるみたいだが、9人では5人チームを作ることが出来ないな。バスケって確か5人対5人だった気がするし、1人減る分大変そうだな……。
そんなことを思っていると、突然後ろから肩を叩かれた。振り返ってみると、大学生くらいに見える猫背の男の人がこちらを見ていた。
「バスケ体験会は……ここで間違いないかな?」
「あ、はい。そうですけど……」
俺が言うのもなんだが、いかにも運動に向いた体格じゃないな。偏見になってしまうが、アイドルのコンサートでペンライトを振っていそうな見た目だ。
男の人は「ありがとうございます」と会釈すると、のそのそと体育館の隅の方に歩いて行った。これで参加者は10人だな。
「関ヶ谷君、来てくれたのか!」
名前を呼ばれて振り向くと、バスケユニフォームに身を包んだ巨体、鷹飛先輩がこちらに向けて手を振っていた。
「はい、早苗がどうしても行きたいって言うもんで……」
「あ、あおくん!?」
早苗は『それは言うな!』と言わんばかりにペシペシと背中を叩いてくる。事実だから言ってもいいと思うんだけど……。
「はっはっは!まあ、スポーツをする場所はデートスポットとしていい場所だからね!小森さんもきっと、君と汗を流したかったんだよ」
先輩の言葉に、「皆まで言わないでくださいよ……」と頬を赤くする早苗。スポーツが苦手なこいつがどうしてと思っていたが、そういうことだったんだな。
「じゃあ、これに着替えてきてくれるかな」
鷹飛先輩はそう言うと、俺たちにユニフォームを手渡した。確かに制服じゃバスケはできないもんな。
「更衣室はここを出て右の階段を降りた先にあるよ」
「分かりました、ありがとうございます」
「開始は10分後だから、それまでにトイレも済ませておいてね」
先輩に見送られ、俺達はコートを後にした。
もちろん、男子と女子の更衣室は別だから、入口の前で笹倉たちとは別れた。どこかの共学になりたての元お嬢様学校じゃないんだから、そういう所は期待するだけ無駄だな。
だが、男子更衣室に入ると、中にいた人物に思わず固まってしまう。
「東雲くん……?」
ほぼ顔を合わせたことがなかったが、印象にはしっかりと残っている。手芸部の
彼は俺の存在に気がつくと、脱ぎかけだったスカートを床に落とした。そして相変わらず半開きな瞳でこちらを見つめ、思い出したように「あっ」と口にした。
「……あおとくん」
「おお、名前覚えててくれたのか」
思い出すのに時間はかかったみたいだが、忘れられていなくて何よりだ。
……それにしても、千鶴と違って東雲くんは女装が基本なんだもんな。スカートを履いていたことに違和感は感じないが、やっぱり男子更衣室にいることはすごく違和感を感じる。
「東雲くんって、普段から女装してるんだよね?」
「うん、そう」
彼は俺が借りたのと同じユニフォームの上を着ながら、味気ない返事をする。一応これが彼の普通だと知っているから、俺にはちゃんと聞いてくれているんだなとわかった。
「それって、女装が好きなだけ?それとも……」
「それ、聞いちゃう?」
東雲くんは俺の言葉を遮るようにそう聞いてくる。まさかこの質問はタブーだったか?
「いや、もし心も女の子だったら、こっちじゃなくてあっちの更衣室の方がいいんじゃないかと思って……」
口にしていて自分でも思う、こんなの俺が気にすることじゃないって。俺が言ったところで、何かが変わる訳でもないし……。
「…………」
怒っているのか悲しんでいるのか、東雲くんは感情の読み取れない目で俺を見つめ、そしてやはり無表情のまま口を開いた。
「つまり、あおとくんはボクのこと、意識してるんだね」
「……え、あ、まあ……そうなるのか」
そりゃ、見た目が完全に女の子だし、今の格好も格好だからな。バスケのユニフォームって、ズボンを履かないとこんなに際どいのか……。
こう、見えそうで見えない、チラリズムのその先みたいなものを感じる。
「大丈夫、ボクが好きなのは美里先輩。見た目はこんなだけど、好きなのは女の子だよ」
「なるほど」
つまり、女装は趣味として割り切れているってことか。それなら男子更衣室にいても何もおかしくないな。
「まあ、見た目は可愛いんだし、危ない男には気をつけなよ?」
「大丈夫、あおとくんにそんな勇気はない」
「俺のことじゃねぇよ」
謎の多い彼のことが、ほんの少しだけ知れたような気がした。
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