第195話 お姉さんは回避したい

 噂好きなやつが多い俺の学校では、すぐに今朝のニュースの話題で持ち切りになった。

 もちろん『アオト』という名前だけで俺だということにはならなかったものの、「お前と同じ名前だな!」なんて言ってくるやつもいたりして、心臓バックバクだ。だって、実際に俺の事なんだから。

 まあ、Charlotteが人気なのは音ゲー界などの一部に限られているし、ほとぼりもすぐに冷めるだろう。だが、俺はどうして麦さんがあんなことを言ったのかが気になって仕方がなかった。


『彼は私の彼氏です』


 確かに幼い頃に告白したけど……今更それに対してOKを出すほど、彼女の頭の中はメルヘンでは無いはずだ。

 ふざけてあんなことを言う人でないことも知っているし、何か理由があって言ったんじゃないだろうか。

 もしかすると、あの発言は俺に対してのSOSだったんじゃ……?

 その考えが浮かんだ瞬間、俺は決めた。週末ではなく、今日麦さんに会いに行くことを。善は急げって言うもんな。



 そして放課後。俺は決心した通り、麦さんの経営するペットショップへとやってきていた。

 ちなみに、早苗も着いてきている。内容が内容なので迷ったのだが、彼女も今朝の話は知っている人物だし、ついでに連れてきたのだ。

 決して彼女用の首輪の首輪のサイズを確かめるためではないぞ?俺に幼馴染を飼育する趣味はないからな。


 扉をくぐって中に入ると、前来た時と変わらない店内の風景が目に映った。相変わらず品揃えが抜群だな。

 店に客が入ったことを知らせるベルの音で、店の奥にいた麦さんもこちらに気が付き、「いらっしゃいませ!」と言う声が飛んできた。

 目的は彼女自身だ。俺は商品には目もくれず、真っ直ぐにレジへと向かう。

「あら?いらっしゃい、碧斗くん」

 麦さんは客が俺であることに気がつくと、笑顔で手を振ってきた。この人はあんなことを言ったあとなのに、どうしてこんなにも平気でいられるんだ?

「俺がここに来た理由、分かってますよね?」

 俺の質問に彼女は、「ええ、分かってるわよ」と答えると、レジの裏から一枚の紙を取り出してカウンターへと置いた。

「婚姻届にサインしてくれるためよね!」

「いつの間にそんなバカになったんですか」

「ひうっ!?」

 俺のデコピンを受けた麦さんは、可愛らしい声を出しながらおでこを押える。まずい、あまりに早苗みたいなことを言うもんだから、反射的に手が出てしまった。

「冗談はやめてくださいよ」

 俺は呆れたようにそうため息をつく。だが、麦さんは婚姻届を引っ込めようとはしなかった。

「冗談じゃないのよ、本気なの」

 そんなに痛かったのか、少し潤んだ瞳で見つめられ、さすがの俺も言葉に詰まってしまう。

 確かに麦さんは綺麗で、優しくて、素敵な女性だと思う。だが、だからといって易々とOKできるはずがない。

 俺の隣にいる早苗も、許してはくれないみたいだしな。

「それは私が許しません!」

 彼女はそう言って婚姻届を掠め取ると、犬のようにそれをビリビリに噛みちぎった。なんともおぞましい光景だ。

「早苗、落ち着け。怒りのあまり犬みたいになってるぞ」

「がるるるるるるる!」

「本当に犬になるな!……って既視感があるな」

 過去に2回ほど、同じようなやり取りをした記憶があるが……今はそんなことどうでもいい。

「よしよし、とりあえず落ち着こうな?」

 頭をなでなでしてやると、人間の心を取り戻した早苗は素直に婚姻届を離してくれた。だが、ここまで破れるともう使えそうにはないな。

「ああ、ゼ○シィでゲットしたのに……」

「役所に行けば貰えるんじゃないですか?」

「そうなんだけどね、貰うのちょっと照れるのよ」

 麦さんが言うのだからそういうもんなのだろうか。高校生にはよく分からないな。

「まあ、婚姻届がダメになったところで、どうしてこんなことをしたのかを話して貰えますか?」

「それは……」

 麦さんは少しの間言葉に詰まっていたが、やがて決心して口を開いてくれた。

「私、結婚させられるの。全く知らない男の人と」

 結婚『する』ではなく『させられる』であることに、俺は違和感を感じた。

 結婚とは一般的に幸せなもののはずだ。年月を重ねるにつれて夫婦の仲が悪くなったり、あまりお互いに関心を持たなくなるというのはよく聞く話だが、少なくとも結婚したてではみんなHappyなはず。

 なのにあえてマイナスな表現をしたのは、その後ろに『知らない男の人』が続いたからだろう。

「……お見合い、ですか?」

 俺の言葉に、麦さんはゆっくりと頷いた。

「母親に言われたの、『あんなゲームばかりしてないで、そろそろ結婚しなさい』って。ずっと聞き流してきたけど、お見合いの話を持ってきてからは逃げられなくて……」

 麦さんのお母さんは、彼女がCharlotteとして活動していることを知っているのか。確かに親から見れば、ペットショップを経営しているとはいえ、ゲームが仕事というのは納得いかないのかもしれないな。

 娘が結婚しないのも、心配で口出ししてしまうものなのだろう。だが、お見合いさせて無理矢理結婚……というのはあまり美しくないよな。

「もうすぐ相手の男の人を連れてくるって言ってるの。だから、それまでに相手を作れば、結婚しなくて済むんじゃないかと思って……」

 ああ、それで俺を彼氏に仕立て上げたと。確かにそれならお見合いはパス出来るかもしれないな。

「でも、その後はどうするんですか?」

 俺もずっと彼氏を演じる訳には行かない。笹倉にだって話さないといけないし、早苗だって不満そうだ。まさに今、「それができるなら私の彼氏になってよ……」とほっぺを膨らませているし。

「そうね……最悪そのまま碧斗くんと結婚しちゃえばいいかな?」

「『いいかな?』じゃないですよ。俺が良くないです」

 そんな軽いノリで決められても、俺の方が困る。いくら麦さんが美人でも、結婚する気なんて俺にはないわけだし。

「私じゃ不満?」

「ふ、不満というわけじゃ……」

「じゃあいいよね!」

 彼女は、思わずたじろいだ俺の隙を、ここぞとばかりに突いてくる。ついでに脇腹もつついてくる。地味に痛いからやめて欲しい。

「あの、麦さん」

 俺が名前を呼ぶと、彼女は『ん?』と首を傾げてこちらを見てくる。そろそろハッキリとした返事をした方が良さそうだ。

「結婚は無理です。年齢的にも、俺が麦さんに対して持っている感情としても」

 俺の言葉に、彼女は「そっか……」と肩を落とした。だが、俺の口はまだ閉じない。

「でも、一時的に彼氏のフリをするだけなら出来ます。あくまで偽の彼氏としてですけど」

 笹倉とだって初めはそういう関係だった。というか、正式に付き合うとは一度も言っていないから、今もそうなのかもしれない。だからこそ、彼女なら理解してくれると思うのだ。

「ほ、本当?」

「もちろんです。ただし、麦さんには本物の彼氏を作ってもらうために、最大限の努力はしてもらいますから」

 これはいわゆる名前貸しみたいなものだ。彼氏の存在さえ示しておけば、少しは時間も稼げるだろう。

 その間に本物の彼氏が出来れば、実際に結婚まで行くかもしれないしな。最後は結局、麦さん次第というわけだ。

「わかったわ、好きな人を作れるように頑張る!」

 グッと胸の前でガッツポーズをしてみせる彼女。だが、ふと思いついたようにこう聞いてきた。

「もし、努力する過程で碧斗くんのことを好きになったとしたら、私のために結婚してくれる?」

 あくまで『もしも』の話。きっと彼女が大の年下好きでない限りはそんなことは無いだろう。だが、こういう質問には本当の気持ちを答えるに限る。

「俺に人のために身売りする趣味はありませんので」

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