第181話 マネージャーさんは結縁がしたい
イベント当日の放課後。俺は笹倉、早苗、栗田さんと共に、イベント会場へと向かった。
昨日、かなり練習したおかげで不安はないし、俺としてはむしろ楽しみなくらいに思えている。だが、早苗の方はまだ少し表情が暗く、口数も少ない。大丈夫だろうか……。
あと気になることといえば、笹倉がやけにのど飴を食べているところだな。俺はのど飴は喉がスースーするからあまり好きじゃないのだが、彼女の中ではブームなのだろうか。
そんな心のわだかまりを残しながらも、俺達は会場に到着した。
セットや衣装は演劇部の子たちが既に運んでくれており、みんなそのままイベントを見ていくらしい。栗田さんに向けて「頑張ってください!」と、わざわざ伝えに来てくれる人もいた。
舞台横にはメインとも言える2人、雲母さんと紅葉が衣装姿で待機しており、男の人と打ち合わせをしているのが見える。
俺はタイミングを見計らって、2人に近付いた。
「雲母さん、こんにちは」
そう声をかけると、彼女はニパッと表情を明るくして手を振ってくれる。
「関ヶ谷くん、これが今日のプログラムです!」
「ありがとうございます」
俺は礼を言いながら受け取り、すぐ内容に目を通す。俺達が出るのは『司会&特技披露』という項目だろう。他の参加者の前に出て紹介するという形なので、2回に1回は俺たちの番になるな。
たった5分、されど5分。この時間で盛り上げて次に繋がなければ、イベントを最後まで乗り切れない。絶対に成功させてやる……!
プログラムを見て実感が湧いてきた俺は、心の中で気合を入れた。
「関ヶ谷くんたちは司会者用の控え場所が用意されているので、そちらで待っていてください。じきにイベント担当の方が説明をしに行くと思いますから」
「分かりました、雲母さんも頑張ってください」
俺はそう言って笹倉たちの所へ戻ろうと背を向ける。……が、ふともう一度体を反転させた。
「忘れてた、紅葉もがんばれよ」
「忘れてたって酷いわね。これでも私、アイドルよ?存在感はあると思うのだけれど」
彼女はそう言って、不満そうに視線を逸らす。だが、すぐにそのツンとした表情を緩めると。
「まあ、あんたよりかは頑張るわ」
そう言ってニヤッと笑った。相変わらずのツンデレ具合だな。ファンが増えるのもわかる気がする。
「お互いに精一杯やろうな」
「言われなくてもやるわよ、2人で」
俺の言葉に対して、紅葉は雲母さんの方を見ながらそう返した。雲母さんも紅葉の方を見て微笑む。こいつら、本当にいい関係だな。
俺は笹倉たちの元へ戻った後、雲母さんに言われた通り、舞台裏の控え場所へと移動した。
そしてここから重要なのが順番決めだ。
プログラムには『司会&特技披露』と書かれてあるだけで、誰が出るのかが書かれていない。つまり、誰が一番目の司会に出るか、決めておかなくてはならないのだ。
「……って言ってもな」
早苗は1番手じゃ無理そうだし、俺としても音ゲーか演劇が1番目と言うのもしっくり来ない。となると残るは笹倉しか居なくなるのだが。
「私が一番でいいわよ」
それを伝えてみたところ、彼女は快くOKしてくれた。さすが笹倉、心が広い。
「2番目は俺と栗田さんで行こう。3番目が早苗だ。2周目もその順番で行こう」
栗田さんに2回連続出てもらうのは気が引けたので、早苗との演劇は2周目に回してもらった。
よし、これで準備は整った。あとは自分の出番を待つだけだ。
俺は用意してあったイスに腰掛けると、カバンから台本を取り出す。おそらくこれが最終確認になるだろう。念の為、読み返しておくとするか。
台本を読み終えた頃、控え場所に男の人が入ってきた。確か、さっき雲母さん達と話していた人だ。胸元には『石橋』と書かれたプレートがつけてある。この人がイベント担当なのか。
「皆様、この度はイベント司会役を引き受けてくださり、誠にありがとうございます」
そう言って石橋さんは深々と頭を下げた。なんだか真面目で仕事が出来そうな人だな。ただ、ひとつ言わせてもらうとすれば、俺たちは『引き受けた』のではなく『引き受けさせられた』んだけど。まあ、気分を悪くさせたくもないし言わないでおこう。
「役に立てたなら光栄です」
俺がそう返すと、石橋さんは感心したように手を叩いた。
「キララから聞いていた通り、真面目な男の子ですね」
「雲母さんが俺の話を……?」
まあ、話くらいはするかもしれないが、イベントの担当者にする話ではなくないか?
「実は私、キララの専属マネージャーをしておりまして。今回のイベントの主催者はキララのお父上、つまり社長でして……」
なるほど、それで担当者に抜擢されたと。まあ、マネージャーがイベントを管理すれば、父親としても社長としても安心だろうな。
「キララは恋愛相談なんかも私によくされるのですよ。そしてそのお相手というのが……」
石橋さんは俺の顔を見てニコッと笑う。ああ、やっぱりそういうことか。
「……俺、なんですね」
この前の告白的なのは本気だったわけか。まあ、薄々分かってはいたが、冗談であって欲しいと願っちゃってたんだな。
「ええ、マネージャーとしてキララには有名になってもらいたい。そのためにはアイドルとしての暗黙の了解である恋愛禁止は守らなくてはならないのです」
確かに、アイドルに彼氏がいるなんて聞いたら、お近付きになるなんて夢物語だとわかっていても落ち込む人はいるだろう。アイドルはファンみんなのものでなくてはならない、そういうものなのだ。
だが、石橋さんはどうも納得がいかないらしい。
「確かにキララはアイドルです。でも、その前に1人の高校生です。恋愛も諦めさせたくありません」
「確かに……」
俺も今、恋愛するな!と言われたら「は?」となってしまうだろう。高校生はそういうのを無意識にでも望んでしまう時期だ。無理やり押さえつけて何とかなるものでもないし、それで収まる程度ならその感情を恋とは呼ばない。
雲母さんのことは置いておくとして、石橋さんの言うことは俺にもよく分か――――――――――。
「というわけで、思い切ってキララと付き合ってください!」
――――――――やっぱりわからん。
「どういうことですか!?どうして俺が雲母さんと付き合うなんて……」
「だってアイドルですよ?付き合わない理由がありませんよね?」
いやまあ、普通なら『アイドルと付き合える!うほほいうほほい!』って感じなんだろうけど、俺は違う。
「理由ならありますよ。俺、彼女いますし」
「そうですよ、私がいる限り碧斗くんの隣は譲りませんから」
笹倉も一緒になって声を上げてくれた。そのおかげか、石橋さんは前のめりだった姿勢を元に戻す。
「……じゃあ、キララのためにそちらのお嬢さんを消しましょうか」
「は?」
異常な発言に思わず声が出る。この人、真面目だと思っていたが、意外と変わり者なんじゃ……。
「西門財閥の力を使えば、女子高生ひとりを消すなんて簡単なことですから」
「あなたはどこの独裁者ですか」
この人、雲母さんに似て腹黒いな。マネージャーはアイドルに似るってか?
「俺は笹倉が消されても雲母さんとは付き合いませんよ。だから諦めてください」
俺の言葉に笹倉は「碧斗くん……」と目を潤ませ、石橋さんは「関ヶ谷君……」と残念そうにため息をついた。
「まあ、仕方ないですね。そんないい人だからこそキララは好きになったんでしょうし」
石橋さんはそう言うと、少しだけ頬を緩ませる。
「ですが、キララは諦めないと思いますよ。彼女は思ったよりしつこい性格ですから」
『知っています』とは言えなかった。文化祭の日、俺と紅葉を追いかけたあの執念はしつこい以外の何物でもなかったからな。
まあ、そのおかげで全部が解決できる方向に持っていけたんだけど。
「では、出番が来たらまた呼びに来ますので、それまでどうぞごゆっくり」
石橋さんは丁寧に一礼してから去っていった。
あんな人が担当者のイベントか。大丈夫かな……。
少しだけ心配になった。
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