第180話 俺は舞台を確認したい
演劇をやることが決まった日の放課後。俺達は早速台本とセットを借りに行った。
ここは栗田さんがいたおかげですぐに解決し、イベント当日は他の演劇部の子たちが運ぶのを手伝ってくれることになった。さすがは栗田さん、人望が厚いな。
その次は舞台の大きさの確認だ。ハロウィンイベントは学校近くの商店街で行われる。舞台はその中央にある広場に設置されているらしい。俺達はそれを見るため、台本片手に商店街へと向かった。
「大きくもなく、小さくもなくってところだね」
舞台の大きさを確認した栗田さんは、ウンウンと頷きながらそう呟いた。
「この台本に書いてある演劇をやるなら、この大きさで大丈夫そうだよ」
栗田さんの言葉に俺は「それならどんな動きをするかだけ確認しておくか」と返した。いざ舞台に立つと練習環境が違いすぎてミスをする、なんてこともよくある話だ。
本番で使う舞台の大きさを把握し、その中で最大限の表現をする。舞台という箱の中に、どれだけ自分という役者を詰め込めるか。それが演じる者にとっての自分との戦いなのだ。
「小森さんも確認しておいて。あなたも出るんだから」
栗田さんは舞台に向かって歩きつつ、後ろを振り返ってそう言った。
「う、うん……」
そう、ここには早苗も来ている。なぜなら、彼女も演劇に出ることになったからだ。
あの後、早苗の2つ目の特技も見つかっていなかったため、栗田さんはもう1つ台本を用意してくれたのだ。自分が2つの演劇に出るから、と。
彼女ならよくあることなのかもしれないが、いくら短いと言っても2つも台本を覚えるのは俺には無理だな。2日しかないし。
ただ、早苗は先程から俺の背中に隠れている。その理由が、栗田さんのレズカミングアウトだ。早苗は自分に向かって意味深な発言をされたことを、あれからずっと気にしている。彼女にも危機感というものがあったんだな。
「えっと……ここからこうで……」
栗田さんの方は早苗の様子を気に留めず、舞台の幅を確認しながら身振り手振りをして感覚を掴んでいるらしかった。
「早苗、あんまり気にすると失礼だろ?普通にしてろ」
俺は彼女にそう釘を刺すと、先にステージへと上がる。
立ってみると思ったよりも広い気がした。やはりこちら側に来ないと分からないこともあるな。確認しておいて正解だったかもしれない。
少しすると早苗も舞台を確認し始めた。少し照れたようではあるが、小さく身振り手振りをして役の感覚を掴んでいるらしい。
演劇は一度本気で練習しているんだし、恥ずかしさを捨てれば彼女もかなりのものだと思う。まあ、その恥ずかしさを捨てるのが一番難しいんだけどな。
「一度台本を見ながら、動きだけやってみようか」
しばらくして、栗田さんがそんな提案をしてきた。
「ああ、わかった」
俺はすぐにOKしたが……。
「え……」
早苗の方は戸惑っているようだった。まあ、体育館と違ってここは公共の場だもんな。人の通りもあるし、先程からチラチラと見てくる人も少なくない。
そんな中でいきなり実践というのは、彼女としては厳しいかもしれない。だが、時間が無いのだ。そんな甘い事は言っていられなかった。
「早苗、俺が先にやる。お前は2番目にやってくれ」
せめてもの安心として、俺が先にやってみせることにする。俺が上手くやれば、早苗も安心してやれるんじゃないだろうか。そう思ったからだ。
だが……。
ざわざわ……ざわざわ……。
俺と栗田さんの演技が終わる頃には、舞台の周りは人で溢れていた。何をしているのか気になって見に来た人や演劇が好きな人もいて、中には栗田さんのことを知っている人もいるらしい。前の演劇良かったよ、と声をかけられていた。
確かに人に見られてなんぼの演劇だし、イベントについて知ってもらえるのも嬉しい。だが、早苗のことを考えると、失敗したと言わざるを得なかった。
これでは彼女に余計にやりたくないという印象を与えてしまう。俺は思い切って声を上げた。
「お願いです、今は見ないで貰えませんか!」
その拒絶とも取れる言葉に、嫌悪の表情を見せる者もチラホラといた。
何とかしようと思うあまり、言葉を間違えてしまった。慌てて謝罪しようとするも、上手く言葉が出てこない。
そんな俺を見兼ねたのか、栗田さんが間に入ってくれた。
「本番はもっといいものを見せられると思うんです。是非、イベントで見てもらいたい……そうだよね?」
彼女はそう言って視線を送ってくる。その意図を汲み取った俺は、舞台端に置いてあったチラシを手に取ると、観客の人達に1枚ずつ手渡した。
「是非、俺たちの最高の演技を見てもらいたいんです!ですから、今はぐっと我慢して貰えませんか?」
「後悔はさせませんから!」
栗田さんの後押しのおかげか、熱い思いを受け取ってくれた観客たちは「わかった、楽しみにしてるよ」と笑顔で立ち去ってくれた。
その背中を見送った後、俺は早苗に向き直る。
「大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう」
今のやり取りを聞いていたのか、他の通行人たちも舞台に近づいてくる事は無くなっていた。今なら早苗もできるんじゃないだろうか。
「早苗、少し頑張ってみような」
そう言って頭を撫でてやると、彼女は小さく首を縦に振る。あまり自信はなさそうだが、きっとこの練習は本番の糧になる。だからこそ、少し無理をしてでもやっておくべきなのだ。
早苗ならできる、俺は信じてるからな。
そう心の中でエールを送りながら、俺は舞台を降りた。
5分後、劇が終わり舞台から降りてきた2人を、俺は拍手で迎えた。
「いや、良かった。栗田さんも舞台に立っていないのに腕が落ちてないな」
「練習はちゃんとしてるからね♪」
俺の褒め言葉に対して、嬉しそうにピースを返してくる栗田さん。その隣で不安そうにこちらを見る目が……。
「心配するな、早苗もすごく良かった。本番はもう少し思い切ってやれば、一番の演技が出来ると思うぞ」
「……えへへ♪」
早苗は肩をすくめながら、控えめに喜ぶ。自分でも納得がいかない部分があるのだろう。だが、俺の中の心配は完全に拭えた。
栗田さんはともかく、早苗の演技力が十分にあることがわかったからだ。それさえあれば、時間はまだ残されている。
「あとは台本を覚えるだけか……」
ここがなかなかの難所だとは思うが、必死にやればできない訳でもない。人間の底力、見せてやんよ。
「よし、帰ろう」
俺達はその日はその場で解散した。
家に帰ってから、俺はすぐにスマホを取り出す。練習に来れないからと、雲母さんが音ゲー曲の譜面を送ってくれていたのだ。
メロディーとリズムは回数を重ねた分、記憶にしっかり刻まれているし、あとはこれを覚えるだけ。台本に譜面と覚えることが多いが、一度やると決めたからには妥協はできない。
俺はやる気を出すために肩を回しつつ、部屋の中でステップを踏む早苗に視線を向けた。彼女もきちんとダンスの振り付けを復習しているらしい。
このやる気を勉強にも向けて欲しいが、それを言ったらダレてしまいそうなので、今は黙っておこう。
「よし、覚えるか」
ひとつ大きく息を吐いてから、ベッドの縁に腰掛けてスマホの画面を覗き込む。画面をスワイプしながら、本番と同じくらいの速度で譜面を流したり、操作を言葉にして呟いたりもした。
おかげで何も見ずに唱えられるくらいにはなったのだが――――――――――――。
夜1時ごろ。
「ね、寝れねぇ……」
頭の中で『右、左、右、上』と延々と流れ続け、なかなか眠りに付けなくなってしまった。
こんなのでイベント、乗り切れるんだろうか……。
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