ハロウィンイベント 編

第169話 俺は腹黒アイドルさんに頼まれたい

「あーっ!やっと終わったわね!」

 テスト最終日。HR終了後、軽いカバンを肩に掛けた俺の元へ、笹倉が気持ちよさそうに伸びをしながらやってきた。この様子だと、テストに手応えがあったのだろう。

「終わった……終わったよ……ふふ……」

 笹倉とはまた別の意味で終わったを連呼している奴も約1名ここにいるが、そこはいつも通りなので気にしないでおく。

 まあ、定期テストじゃなく模擬試験なので、そこまで落ち込む必要も無いとは思うが。

「碧斗くんはどうだった?」

 笹倉にそう聞かれ、俺は「まあまあかな」と返事をした。正直なところ、今回は結構いい点数が返ってくると思っている。何故ならどの教科も、特段分からない問題がほとんど無かったからだ。

 空白もなし、悩んだ問題も多くない。凡ミスさえしていなければ満点も有り得るかもしれない。かと言って、それを落ち込んでいる早苗の前で口にするのは気が引けたからな。

 悪いのは勉強しなかった早苗だが、俺もそこまで鬼じゃない。今くらいは傷ついた心の修復の邪魔はしないでおいてやろう。

「よし、じゃあ帰ってゆっくり休むか」

 そう言って俺達は教室を出た。……が、すぐに足を止めることになる。何故ならそこに見覚えのある人物が立っていたから。

「あれ、雲母さん。こんな所でどうしたんですか?」

 文化祭で散々暴走した、あの西門 雲母さんだ。笹倉と早苗はあの場にいなかったから知らないが、あんな姿を見てしまった……というか、一度後頭部を思いっきり殴られている俺からすると、時間が経っていてもまだ警戒心が少しだけ残っている。

 一方、雲母さんの方はすっかり忘れたかのように、清々しい笑顔で手を振ってきた。さすがはアイドル、この行動だけで周りの(主に男子生徒の)視線が、対象である俺へと集められる。念力なんて使えないけど、何故か妬みの声が聞こえてくる気がした。

「関ヶ谷君!久しぶりですね!」

「まあ、そうですね。もう少し久しくても良かったと思いますが……」

「……ん?」

「いえ、なんでもないです」

 あれから少しずつテレビに出る回数も増えた雲母さんだが、以前とは大きく変わったところがあるのだ。それが『キャラ』だ。

 暴走する前は清楚系として売っていた彼女だが、あの事件が関係しているのかは分からないが、今は腹黒系として登場することが多くなった。

 紅葉と一緒に登場することもかなり増え、毒舌と腹黒とのコンビとして、アイドルらしからぬ扱いをされることもしばしば……。

 普通ならそんなアイドルはすぐに消えてしまいそうだが、ネットでは『逆に親近感が湧く』と話題になり、2人の人気はまさにうなぎ登りだった。

 どんなことも、良悪どっにに転がるか分からないもんだな。

 まあそういう訳で、今の彼女に余計なことを口にすると、黒い部分が全開になる恐れがあるのだ。俺は既に一回余計なことを言ったので、仏の顔も三度までに従えばあと二回しか猶予はない。気をつけなければ……。

「ちょっとお願いしたいことがあるんです。時間があるなら、ついてきてもらえますか?」

「時間が無いので遠慮させて頂きます」

 俺はそう言って彼女の横を通り過ぎようとする。こうやって彼女が自らやってきたのだ。また何か面倒なことに巻き込まれる予感がしていた。だが。

『よし、じゃあ帰ってゆっくり休むか』

 通り過ぎようとした俺の耳元にあてられた機械から、先程の俺の声が聞こえてきた。ボイスレコーダーだ。

「帰ってゆっくりする暇があるなら、時間はありますよね?」

 何も知らなければ惚れてしまうかもしれない、天使のようなその笑顔。廊下を歩く生徒の中には羨ましそうに見てくる奴もいるが、俺からすれば恐怖でしか無かった。

 状況的に考えて、彼女はこうなることまで予想していたということになるからだ。まさに腹の中真っ黒だ。

「そんなものまで用意してたんですか……」

「一応アイドルですからね。いつ何があるか分からないので、証拠保存用に持ち歩いているんです」

 照れたように笑う雲母さん。アイドルとしての危機管理能力はすごいと思うが、別に褒めてるわけじゃないんだよな……。

「そ・れ・でぇ……ついてきてもらえますよね?」

 顔をぐいっと近づけ、息のかかりそうな距離まで詰め寄った彼女は、ボイスレコーダーの角を俺の腹にグリグリとしながらそう囁いた。これ、地味に痛いんだけど。

「つ、ついて行かせていただきます……」

「はい、よろしい!ではこちらへ〜♪」

 ニパッとアイドルスマイルに変わった雲母さんは、俺の手を引っ張って階段の方へと連れていく。俺は一体これからどうなってしまうんだろうか……。

 先のことを思うと恐ろしく感じた俺は、振り向いて笹倉にヘルプ要請の視線を送る。だが、彼女は軽く首を横に振ると。

「碧斗くん、私たちは先に帰るわね。それじゃ」

 あっさりと手を振って見送ってきやがった。それなら早苗に……と思ったら、彼女の方は足ガクガクで壁にもたれかかっている。垣間見えた雲母さんの本性に怯えているのだろう。久しぶりに彼女の懐かしい姿を見た気がするなぁ。

 早苗の手を引いて帰ろうとする笹倉だが、雲母さんの横を通り過ぎようとした瞬間に、その手首を強く掴まれた。

「もちろんそちらのお2人も来てもらいますよ?これは皆さんへのお願いですからね」

 雲母さんは掴んだ笹倉の腕を引っ張ると、階段とは反対側へと押し戻す。ついてきてもらえるまでは、断固として通さないつもりらしい。

 そんな雲母さんを鋭い目で見つめた笹倉は、ニヤリと口角を上げた。

「ふふっ、西門先輩でしたっけ?あなたごときが私に勝てるとでも?」

 ……ん?どうした?急にバトル漫画みたいなセリフを吐き始めたんだが。

「私もアイドルとして体力と機動力は鍛えていますから。あまり舐めないでくださいね、じゃないと怪我じゃすみませんよ?」

 雲母さんも雲母さんで、なんかやばいこと言い始めたよ……。もはや俺の手は離しちゃったし、いつでも逃げられるんだけど、2人がどうなるのか気が気でないし……。

「ぁ、ぁゎゎ……」

 あの状態の早苗を放っておくわけにもいかないからな。俺はそーっと雲母さんの横を抜けると、ふらふらとしている早苗を支えてやる。

 なんとなくだが、これからすごいことが始まりそうな気がするので、彼女は安全な場所へと移動させた。笹倉から感じるオーラが、文化祭の演劇後の舞台上で感じたものとよく似ている。

「そこは通してもらいますよっ!」

 笹倉がそう言って雲母さんに突進した。雲母さんはそれを受け止めようと身構えるが、笹倉は直前で体を横にスライド。雲母さんの横を走り抜ける作戦だったのだ。

 俺よりも先にそれに気付いた雲母さんは、ステップを踏んで笹倉の前へと割り込むと、体勢を低くして笹倉の右腕を掴み、突進の勢いを利用して背負い投げをした。

 このままでは笹倉が危ない!と思ったが、彼女は投げられている最中に空中で体をひねると、雲母さんの腕を振りほどいて足で着地をする。

 一体あの女子高生ボディのどこに、あんな並外れた身体能力を隠し持っているのだろうか。……謎だ。

「ふふっ、思ったよりもカルシウムがあるみたいですね」

「笹倉さんこそ、普通の女子高生というわけじゃないみたいですね」

 これは、バトル漫画でよくある敵を褒め合うシーンだろうか。大抵は先に褒めた方が負ける気がするのだが、そもそもカルシウムがあるみたいってどういうことだ?骨があるって言えよ。


 その後、実は合気道を習っていた雲母さんに笹倉が苦戦したり、ダイエットのためにボクシングを習っていたことのある笹倉に雲母さんが手を出せなくなったり……色々とすごいシーンがあったが、最後は噂を聞き付けてきた薫先生に止められてしまった。

 薫先生は雲母さんのキックをすんでのところでかわし、笹倉の右フックをイナバウワーで回避して、2人の顔にセロハン付きの反省文のプリントを貼り付けた。

 彼女は昔、マト〇ックスを目指して修行をしていたことがあるらしい。だから、パンチやキックは常人よりも少しゆっくりに見えるんだとか。それが今日一番の驚きだった。どこで修行したらそうなるのか、正直気にならないでもない。


 結局、反省文という名の鎮静剤をうたれた2人は落ち着きを取り戻し、俺だけが雲母さんに連れていかれることとなった。

 ……こっそり逃げとけばよかったよ。

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