第135話 俺は幼馴染ちゃんにバカにされたい
早苗の彼氏事件から、いくらか太陽と月が昇り沈みした頃。早苗は返ってきた答案用紙たちと、ベッドの上でゴロゴロと戯れていた。
見てわかる通り、彼女は今、猛烈にテンションが高い。いや、テストが悪すぎて頭がおかしくなったわけじゃないぞ?今回はその逆だ。
「ふっふっふ……よくやった私っ!えらいぞ〜!」
彼女の点数は、副教科以外どの教科も平均点には満たないものの、赤点はひとつもなかった。つまり彼女にとってとてもいい結果だったというわけだ。だが、その一方で……。
「くっ、嬉しそうにしやがって……」
俺はと言うと、猛烈に落ち込んでいた。その理由は端的に言って赤点があったからだ。そう、赤点が。
「ぐぁぁぁぁ!なんでお前に無くて俺にあるんだよ!おかしいだろ!」
「まあ、私が本気を出せばこんなもんですよ♪」
ドヤ顔でそう言ってくる早苗が、いつにも増してウザイ。
でも、事実として彼女は赤点が0個、俺は1個。今回のテストにおいての勉強カースト的には、俺の方が下なのだ。悔しいがそれは認めざるを得ない。まあ、あくまで数字上ではの話だけど。
「俺が悪い点を取ったのはお前のせいだろうが」
そう、そうだ。早苗に勉強を教えることにならなければ、俺は赤点なんて取らなかった。事実としてはわからないが、実際のような酷い点数にはなっていなかったと思う。
なにせ、俺がテスト開始と同時に爆睡してほとんど解けなかったのは、彼女に原因があるのだから。
あれはテスト前日のこと―――――――――――。
ふと、何か違和感を感じ、頭だけが目を覚ました。寝起きということもあって体はまだ寝惚けており、目を開ける気にはなれず、まぶたの裏の暗闇の中だけで周囲の状況を探った。
何か重いものが体に乗っかっている気がする。主に腰の辺りだろうか。俺は手を伸ばして暗闇の中を探ってみた。
手に触れたのは衣類のようなものと、その奥にあるぷにぷにとした何か。それは俺が手を動かす度、ぷるぷると小刻みに震えていた。
なんだろう、すごく触り心地がいい――――――。
「……って、そこで何やってんだよ」
ようやく目覚めた体を起こし、そこにいる何かを目視する。それは予想通りの人物で……。
「く、くすぐったいよぉ……うっ……」
体をよじりながらくすぐったい感触に悶えている早苗だ。俺がさっきから撫でていたのは、彼女のお腹だったらしい。
「お前なぁ……まだ3時だぞ?起こすなよ」
「だ、だって……」
しゅんと視線を下げ、軽く下唇を噛む彼女。どうやら何か言いたいことがあるらしい。それを察した俺は、机の上に広げられている問題集を見つけて呟く。
「分からないところがあったのか?」
「……うん」
早苗は、わかって貰えたことの嬉しさと、起こしたことを怒られたことの申し訳なさが混ざったような、そんな曖昧な表情を見せた。
起こし方と時間帯は迷惑極まりないが、勉強しようという精神は褒めてやろう。彼女もようやく焦りを感じてくれたらしい。
「教えてやるからそこをどいてくれ」
ため息混じりにそう言ってやると、彼女は嬉しそうに俺の上から飛び降りて、サッと問題集の前に正座する。夜中なのによくそんな元気でいられるな。素直に感心する。
「どこが分からないんだ?」
教科書を覗き込んでみれば、それが明日のテスト科目である英語のものだということがわかった。今回の英語は範囲が広く、俺もかなり苦戦した。だが、普段から授業をしっかりと聞いてノートもとっておけば、あとはそれを見返すだけである程度の点は取れる。
前にも早苗にはそういったことがあるのだが、その時は「みんながみんなそうじゃないのっ!あおくんはあおくん1人しかいないんだからね!」と、深いのか浅いのかよく分からないセリフを吐きながら怒られた。まあ、要するに自分には無理だと言いたかったのだろう。
「えっと、ここと……ここと……」
「ほぼ全部じゃねぇか、ちゃんと授業聞いてるのか?」
俺が苦笑いしながらそう言うと、彼女はぷくっと不満そうにほっぺをふくらませた。
「き、聞いてるよ!……私の代わりにあおくんが」
「これ以上ない程の他人任せだな。俺はお前の歩く英和辞典じゃないからな?」
「大丈夫、歩く電子辞書だと思ってるから」
「何一つ大丈夫じゃねぇよ」
技術革新を起こせばいいってもんじゃない。調べ方が簡単になっただけで、結局無機物じゃねぇか。
「…………兼旦那さん?」
「そこに不満だったわけじゃないから」
どんなオプションを付けられようと、俺は知識を吐き出すだけの媒体になるつもりは無い。人間ってのは取り入れてなんぼの生き物だからな。
……え?辞書は引くもので旦那は尻に敷くもの、だから共通項だって?やかましいわ。
自分の心の声が呟いたギャグに自らツッコミを入れつつ、俺は自分のノートをカバンから取り出す。
「テストは明日だからな。お前の段階で今からやっても、全部を補うのは俺でも不可能だ。だから、俺が考えた出やすい部分ランキングを教えてやる」
ノートのページをパラパラとめくり、板書を写したページの裏に書かれたものを早苗に見せる。
「……やけに詳しく書かれてるけど、本当に出やすいの?」
彼女は首を傾げ、眉をひそめている。どうやら信用してくれていないらしい。なら信じられる一言が必要だよな。
「安心しろ、テスト担当の先生から言質はとってある」
「1ミリたりとも安心できないんだけど!?それ、カンニングじゃん!」
早苗はノートを俺に突き返すと、あくまで自分はクリーンだ、悪事に手を染めたりなんてしない!と言わんばかりに両手で目を覆った。でも、隙間から覗いてきてるのがバレバレなんだよな……。
「カンニングとは失礼な。別にどこが出るかを聞いた訳じゃないぞ?どこが出ないかを聞いただけだ」
「もう一緒だよ!?」
彼女は一体何を焦っているんだ?俺が犯罪を犯した訳でもないってのに。
俺たちの英語教師は話しやすいタイプの先生で、よく授業中に分からなかった所を聞いたりするのだが、その時に「ここってややこしいですね。中間テストで出すような問題じゃないですよね〜」なんて言うと、「確かにそうだな!はっはっは!」と返ってくる。このパターンの時はその問題は90%の確率でテストには出ないのだ。
そうやって地道に出ない部分を探り、ある程度まで出るものを絞り込んだ。この出る順リストはその努力の賜物なのだ。これで点が上がるのだから、トイレに行きたいのも我慢して休み時間に話しかけた甲斐もあるってもんだろう?
その旨を説明してやると早苗は、「あおくんの将来が心配……」と憐れむような視線を向けてきた。お前にだけは言われたくないという言葉が飛び出そうになったが、今から勉強をしようとしている奴に言うセリフじゃないなと思い、なんとか飲み込んだ。
これでテストの点数が悪かったら大笑いしてやろう……そう密かに悪い笑みを浮かべて。
「……なのにまさか俺が笑われる側だとはな」
思わず自嘲してしまう。あれからそれなりに勉強はしたものの、終わった頃には朝ご飯を食べないといけない時間になっていて、俺達は慌てて学校に行った。
結果、徹夜したせいで俺は爆睡により爆死。後で問題用紙を見返せば、俺が早苗に教えたところばかりが出ていた。
その時の絶望感と言ったら、おばあちゃんちの真下に不発弾が埋まっているのを知った時と同じくらいだと思う。俺の中では既に何かが爆発してたし、もっとタチが悪いのかもしれないけど。
「ふふふ、私って天才なのかな〜?」
テスト用紙をヒラヒラとさせながら、ニヤケ顔でそう言う早苗。その姿を見た俺は、深いため息をついた。
「お前、その他の教科は赤点ギリギリじゃねぇか……」
俺が高校に入ってから、何度『赤点ギリギリ回避ぃぃぃ!』と喜んでいる生徒を嘲笑ったことか。その点、俺は英語以外は全部平均を上回っている。全体の平均点としては圧倒的に俺の方が高いのに、どうして彼女はここまでドヤ顔ができるのだろうか。
「お前はお気楽で楽しそうな人生だな」
そう皮肉を込めて言ってやると、「あおくんは楽しい補習、頑張ってね〜♪」と反撃されてしまった。しばらくはこのネタでじわじわと削られそうだ。毒の沼エリアで絶対に踏まないといけない毒マスよりタチ悪いぞ。
「ああ……頑張るよ……」
はぁ……、補習ってどんなことするんだろうか。解けるまでムチで打たれたりするんだろうか。勉強ができないやつに勉強をさせるのだから、それくらいしててもおかしくないと思うんだが……。
何事も初めては怖いもんだな。いや、意味深とかそういうのじゃなくて。
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