第58話 俺はオカルトさんに七不思議を見せたい(終編)
音楽室を出た俺達は、次の七不思議のある場所、屋上にやってきた。
「わっち、屋上なんて初めて来ました!」
「わ、私もです……た、高い……」
落下防止のフェンスから下を覗き、そんな感想を口にする2人。まあ、普段はあんまり入る機会がないもんな。
「あんまりフェンスに体重かけるなよ?ここの七不思議の内容が内容だからな」
俺がそう言うと、怖くなったのか、2人はフェンスから手を離し、俺の近くに寄ってきた。
6つ目の七不思議は、『屋上から落ちた少女』。昔、少女が屋上から落ちるという事故があったらしいのだが、その少女の霊が毎晩、事故の日のことを繰り返しているらしい。
結城が言っていた。人は死んだ時、未練があると幽霊になり、その未練が強すぎると地縛霊になる。そして、その死を受けいられないものは、永遠に死を繰り返すんだと。
不慮の事故だったからこそ、受け入れられない気持ちは分かるが、少女自身のためにも、俺は成仏した方が楽だと思う。苦しいことを思い出し続けるのは、酷でしかないからな。
まあ、本当にそんなに幽霊がいればの話だけど。
とりあえず状況は整ったので、俺はイヤホンをコツコツと叩いて、準備OKの合図をした。
しかし――――――――――――。
それから10分程経っても、一向に何も起こらない。ここの担当は千鶴だ。彼に下の階の教室で、少女の落下を演出してもらう予定だったのだ。なのに、彼が動き出さないということは、何かあったんじゃないだろうか……。
夜の学校、そして七不思議を演出している最中。予期せぬ事態が起きても、何ら不思議ではない。
「結城、奏操さん、ちょっとトイレに行ってくる!ここで待っててくれ!」
俺はそう言い残して、屋上から校舎の中へと走り出した。背中に結城の「え、待ってくださいよ!」という声を受けながら。
俺は松葉杖を駆使して階段を2段飛ばしで下りると、千鶴が待機しているはずの教室へと向かった。
「千鶴!大丈夫か!」
そう言いながら勢い良く扉を開けたのだが、そこにあったのは演出に使うためのスピーカーと、彼が使ったブロンドちゃん女装グッズだけ。千鶴本人の姿はどこにもなかった。
もしかしたらトイレに行っているだけかもしれない。
その考えが過り、同じ階のトイレを探してみるも、彼は見当たらず……。
「ま、まさか……幽霊の仕業なんてことは……」
彼が見つからない不安感と、どこかで開いたままの窓から流れてくる生ぬるい風が、俺の心を揺さぶってくる。
落ち着かない体は、無意識に同じ場所をグルグルと歩き回っていた。
幽霊なんていないとは言いきれない。自分たちをバカにされたと思って、千鶴をどこかへ連れ去ったなんてことも、考えられなくはないんじゃないか?
そこまで考えて、俺はふと足を止める。
いや、待てよ……。演出をしていたのは千鶴だけじゃない。もしかしたら、他のみんなも同じ目にあっているかもしれない。
俺は慌ててイヤホンのマイクに向かって話しかけた。
「おい、みんな!大丈夫か?」
『…………』
通話は切れていないのに、返事が返ってこない。その事実が、俺をより一層不安にさせる。
生半可な気持ちで七不思議の再現なんてやるべきじゃなかったんだ……。
「くそっ……」
俺は思わずその場で崩れ落ちた。廊下が俺の体から残った温かさを奪っていく。
非現実的な存在の否定理論なんて、こんな場では何の役にも立たない。七不思議に関わった俺以外の全員が姿を消している。その事実だけで、俺は恐怖を感じてしまうのだから。
コツ……コツ……コツ……。
背後から足音が聞こえてくる。千鶴の時とはまた違うその音。俺は体が固まって振り返ることが出来ない。
コツ……コツ……コツ……。
足音はだんだん大きくなっていく。気がつくと、すぐ後ろに何かの気配を感じていた。その何かは、俺に手を伸ばし、肩を強く掴んでくる。
もうダメだ……。
心が諦めの気持ちで満たされ、ぎゅっと目を瞑る。そんな俺に、何かは言った。
「……生徒指導室に来なさい」
「……へ?」
「まさか、夜の学校に忍び込んでいる生徒がこんなにもいるなんて……」
生徒指導室に連れていかれた俺は、そこで笹倉、千鶴、唯奈、塩田と再会した。彼らは、地下の資料室で寝泊まりしていた、あの紫がかった黒髪の女教師、
幽霊の仕業かと嘆いていたことは恥ずかしいが、行方不明案件ではなくて良かった。
「しかも、その大半が私が担任を持つことになっているクラスの生徒とは……とんだ学校に来てしまったわね……」
柴崎先生はそう言って、やれやれとため息をついた。
「え、担任ってどういう……」
俺、笹倉、唯奈、塩田の4人がいるクラスの担任は、今朝もホームルームで顔を出した
なのに、目の前の女教師は自分が担任になると言っている。一体どういうことなのだろう。
「あら?聞いていないのかしら。勇崎先生は今日までで学校を休まれるのよ。育休ですって」
「そうだったんですか……」
あの先生、大事な事を言わないタイプだからな。明日からいきなり担任が変わるなんて、誰が予想できただろうか……。
「私が正式にここの教員となって罰を下せるのは、雇用の契約が開始される0時を回ってから。だから、今はまだあなた達を叱ることは出来ないわ」
その言葉に、その場にいた誰もが胸をなでおろした。
しかし、薫先生は「でも……」と俺たちに腕時計を見せた。その瞬間、秒針が12の文字を跨ぎ、長身がカチッと動く。
「はい。あなた達には反省文を書いてもらいます」
冷酷で無機質な声が、俺達を貫いたのだった。
反省文の用紙を受け取った俺達は、暗い表情で生徒指導室を後にした。
「あれ、皆さんどうしたんですか?」
俺を探していたのだろう。廊下を歩いていた奏操さんが、眠そうな結城の手を引きながらこちらへ駆け寄ってくる。
「いや、幽霊より怖い存在に捕まってただけだよ……」
「……?」
奏操さんは首を傾げていたが、これ以上説明する元気が俺にはなかった。それを察したのか、今度は俺の後ろにいる笹倉達へと目を向ける。
「でも、どうして先輩方が学校に?皆さんも七不思議探しですか?」
「え、あ、そうね。そんなところよ」
「そうなんですね!見つかりましたか?」
「ええ……いくつかは……」
「良かったですね!これでやっと帰れます!」
笹倉が上手く誤魔化してくれたおかげで、奏操さんに気付かれずに済んだ。だが、彼女の言葉に納得いっていない人が一人いた。
「魅音、まだ帰らないわよ?7つ目の七不思議がまだ見つかっていないもの!」
結城は、6つ目はどうにもならずに諦めらしいが、だからこそ、7つ目に期待しているらしい。
だが、7つ目の担当はここにいる笹倉。『少女の泣き声』を再現する者はいないのだから、見つけられるはずがないのだ。
「結城、今日はもう諦めて――――――――」
帰ろう。そう言おうとしたが、俺は言葉を止めてしまった。だって―――――――――。
うぅ……暗いよぉ……ぐすっ……。
少女の泣き声が微かに聞こえてきたから。
「……え?」
俺は驚いて笹倉の方を見る。その声は彼女にも聞こえているようで、「私じゃないわよ」と首を横に振った。
「じゃあ、一体誰が……」
「少女の幽霊ですよ!7つ目の七不思議ですよ!やっほーい!」
「あ、ちょ、結城!」
幽霊の存在にテンションの上がった結城は、俺の制止の声も聞かずに、泣き声の聞こえる方へと走っていってしまう。
残された俺達は顔を見合わせて、彼女を捕まえるために追いかけた。
泣き声が聞こえることから、そう遠くない場所であることは分かっていた。だから、教室の前で立ち止まっている結城を見つけるのにも、そう時間はかからなかった。
「勝手に走り出すなって」
そう声をかけるも、結城は教室の中を見つめて固まっていた。
「お、おい、どうしたんだよ……」
俺は恐る恐る彼女の見つめる先を覗き込んでみる。
「……え?」
その視界に映ったのは、扉が開かれたことによって差し込んだ光に照らされた、真っ青な顔をして泣いている早苗の姿だった。
早苗によると、俺が部屋をこっそりと出て行ったから、心配になってついてきたんだと。でも、途中で見失って、学校の中を歩き回っているうちに、真っ暗な部屋に入ってしまい、ライトもなくて出口が見つからず、あの場所で力尽きていたらしい。
こいつ、祭りのときもだったが、部屋から出られなくなることが多いな……。
とりあえず、本物の幽霊ではなかったわけだ。
結城曰く、幽霊を見つけるよりも、倒れてる女の子を見つけた時の方が怖かったらしい。確かに固まってたもんな……。俺だって、同じ状況だったら頭が真っ白になるだろう。
結論、幽霊より人間の方が怖い。
早苗が正しかったってわけだ。
約束通り笹倉を家まで送り届け、早苗と一緒に家に帰ると、帰りを待っていた咲子さんが泣きながら抱きしめてきた。
愛娘とその幼馴染が一緒に居なくなっている事に気がついて、駆け落ちでもしたんじゃないかと思ったらしい。
いや、反対されていない結婚で駆け落ちするほど俺は馬鹿じゃない。というか、そもそも駆け落ちなんてしないからな?
まあ、心配してくれるということは、大事に思われているということだから、悪い気はしなかった。
咲子さんに謝ってから、俺と早苗は(もちろん別々に)風呂に入り、(早苗が無理矢理入ってきたため)同じベッドで眠った。
翌日は、全員が寝不足で授業中に爆睡してしまったのだが、こんな日があっても悪くは無いと思えてしまう。
……反省文は書かないとだけどな。
ところで、唯奈が生徒指導室に連れていかれたのが、俺達が音楽室に来るよりも前だったと聞いたのだが……なら、少女の声は一体なんだったのだろうか。今考えると、ゾッとするよな……。
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